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更新日時 2017年09月15日

煉瓦塀写真集 善通寺煉瓦塀
 善通寺煉瓦塀:永禄年間(1558-69)覚阿上人の開基と伝えています。もとは時宗四条派大本山金蓮寺末三大寺の一寺としてたびたび法主を出した由緒ある寺院です。本堂は宝永3年(1706)の大修理を受けていますが、移築当時の様式をそのまま伝えているようです。本堂前には秦武文の碑が建てられ、境内八角堂には首無地蔵尊がまつられて信仰を集めています。 時宗の四条派金蓮寺の末寺ですが、尼崎は一遍上人遊行の地として深い関わりがあり、近在の時宗寺院の筆頭の位置を占めていました。寺内には秦武文(はたのたけふみ、右衛門府の下官)の碑が建てられています。「後醍醐天皇」の皇子、「尊良親王」は土佐国(とさこく:高知県)の幡多(はた)郡へ配流されたとき、秦武文がお供をしました。妃を土佐に迎える途中尼崎で海賊のために奪われ、ついに自決した南朝方の忠臣悲話(太平記、「金ヶ崎恋物語」)が伝えられています。
B善通寺煉瓦塀。
B善通寺煉瓦塀。
B善通寺煉瓦塀の古い煉瓦塀の軒下を確認したが、煉瓦の刻印は確認出来なかった。
C善通寺煉瓦塀。
C善通寺煉瓦塀。比較的新し煉瓦で積まれているようだ。
C善通寺煉瓦塀。比較的新し煉瓦で積まれているようだ。
C善通寺煉瓦塀。古い煉瓦と比較的新しい煉瓦。
C善通寺煉瓦塀。比較的新しい煉瓦塀の内側。
C善通寺煉瓦塀。比較的新しい煉瓦塀の内側の軒下に貝塚煉瓦と思われる煉瓦の刻印を確認。
C善通寺煉瓦塀。比較的新しい煉瓦塀の内側の軒下に貝塚煉瓦と思われる煉瓦の刻印を確認。
C善通寺の庭の花壇に岸和田煉瓦の煉瓦の刻印が確認出来た。
D善通寺煉瓦塀。
D善通寺煉瓦塀。軒下の煉瓦を確認したが煉瓦の刻印を確認出来なかった。
E善通寺煉瓦塀。
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出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『尼崎市』を掲載」