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更新日時 2016年07月26日

 東海道本線 甲大門西橋梁 ねじりまんぽ:東海道本線は、東京都千代田区の東京駅から兵庫県神戸市中央区の神戸駅までを結ぶJRの鉄道路線である。熱海駅から米原駅までは東海旅客鉄道(JR東海)の管轄となっている。1887年(明治20年) 1月21日:大垣駅 - 加納駅(現在の岐阜駅)間が延伸開業。この時に甲大門西橋梁「ねじりまんぽ」も竣工したと推測される。ねじりまんぽ(アーチのレンガが螺旋状に積まれたトンネル)、正式には斜拱渠(暗渠タイプのアーチ橋)と呼ばれている。通常、拱渠等のアーチ部に煉瓦やコンクリートブロックを用いるときは、まっすぐに積むのが普通であるが、鉄道線路とその下の道路や川が斜めに交差する場合などに、アーチ部を斜めにねじって積まれることがあった。斜めに積まれたアーチ内部におて、その景観はかなり奇妙なものとなる。そのためそのトンネルをくぐった時には、タイムマシンに乗ったような不思議な感じを覚える人も多い(ドラえもんの影響?)「ねじりまんぽ」は、日本では約28件ほど確認されており、コンクリートブロック製の六把野井水拱橋を除いてあとは煉瓦拱渠である。なお、コンクリートによる構造物が発達する大正時代以降の構造物には見られない。鉄道の黎明期と煉瓦の黎明期が一致するため、鉄道黎明期の構造物には煉瓦造りの構造物が多く現存する。
ねじりまんぽ
@東海道本線 甲大門西橋梁「ねじりまんぽ」
開業:1887年(明治20年) 1月21日
場所:岐阜県大垣市新開町
東海道本線 大垣駅 - 穂積駅間
2016年07月23日探索。
@東海道本線 甲大門西橋梁「ねじりまんぽ」の南側坑門。
@東海道本線 甲大門西橋梁「ねじりまんぽ」の南側坑門の内部から外部を見た風景。この「ねじりまんぽ」は元々跨道橋として使われていたようだ。
@東海道本線 甲大門西橋梁「ねじりまんぽ」の内部。下部はイギリス積みの煉瓦積みになっている。
@東海道本線 甲大門西橋梁「ねじりまんぽ」の坑門。坑門の仕上げは鋸歯の仕上げでアーチ部の煉瓦は4層に積まれている。
@東海道本線 甲大門西橋梁「ねじりまんぽ」の坑門下部の終端部は石造りになっている。
@東海道本線 甲大門西橋梁「ねじりまんぽ」の傾斜角は70度。
@東海道本線 甲大門西橋梁「ねじりまんぽ」の北側坑口を内部から見た風景。この先に鳥居があるのでこの八幡神社の参道だったと思われる。
@東海道本線 甲大門西橋梁「ねじりまんぽ」の北側坑門。
@東海道本線 甲大門西橋梁「ねじりまんぽ」の北側坑門のアーチ部端面の鋸歯仕上げ。
@東海道本線 甲大門西橋梁「ねじりまんぽ」の北側坑門のアーチ部端面の鋸歯仕上げの拡大写真。煉瓦の刻印は見つからなかった。
A東海道本線 喜内前函渠。
A東海道本線 喜内前函渠はコンクリートの函渠を継ぎ足している。
A東海道本線 喜内前函渠の元の南側坑門。
A東海道本線 喜内前函渠は煉瓦を水平に積まれている。
A東海道本線 喜内前函渠の内部。
A東海道本線 喜内前函渠の北側坑口を内部より見た風景。
A東海道本線 喜内前函渠は生活道路として使われており、自動車が結構通過していた。
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出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『瑞穂市』を掲載」
出典: 組積造による斜めアーチ構造物の分布とその技法に関する研究
東海道本線 甲大門西橋梁 ねじりまんぽ