更新日時 2016年02月18日

ローカル線の旅 長野電鉄屋代線
 長野電鉄屋代線は、長野県千曲市の屋代駅から長野県須坂市の須坂駅までを結ぶ長野電鉄の鉄道路線である。以前は正式には河東線の一部であり、屋代線は通称であったが、2002年(平成14年)9月18日から運行形態に合わせて屋代線を正式な路線名称とした。利用客の減少により、このまま営業を続けることは難しいとして、県と沿線3市に資金援助を要請するなど、厳しい状況にある。そこで2009年(平成21年)に地元自治体や長電により「長野電鉄活性化協議会」が設立され、翌2010年(平成22年)から「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律」による「長野電鉄屋代線総合連携計画」を発表し、サイクルトレインやパークアンドライド用駐車場整備といった社会実験を行なった。しかしながら、2011年(平成23年)2月2日に催された活性化協議会の議決で路線廃止と代替バスの設置が決定し、同年3月25日に国に廃止届を提出した。松代など千曲川東岸の町々を結ぶ屋代線は、河東鉄道により1922年(大正11年)に屋代 - 須坂間が開業。1925年(大正14年)に木島まで延伸された。当初は蒸気機関車による運行であったが、1926年(大正15年)には屋代 - 須坂 - 木島間が電化される。信州中野 - 木島間の通称木島線が廃止された2002年(平成14年)に、運行形態に合わせて屋代 - 須坂間を屋代線とした。すべて普通列車、線内折り返しで昼間時間帯は約90分毎の運転。ワンマン運転を行っている。現在は全列車2両編成だが、1993年(平成5年)に3500系電車が投入される前は1500系電車による単行運転が多かった。過去には急行「志賀」「丸池」など国鉄信越本線上野駅方面より乗り入れる列車が設定されていたが、1982年(昭和57年)11月15日に廃止されている。これらの列車は長野電鉄線内では、自社線内運行の特急とは別の「連絡急行」という種別で運行され、自社線区間利用の場合にも急行券が必要だった。また須坂経由で長野線と直通する普通列車も設定され、長野市内方面への通勤通学客の便宜を図っていた時期もあった。2012年(平成24年)4月1日廃止された。
長野電鉄 屋代線
屋代駅 - 東屋代駅 - 雨宮駅 - 岩野駅 - 象山口駅 - 松代駅 - 金井山駅 - 大室駅 - 信濃川田駅 - 若穂駅 - 綿内駅 - 井上駅 - 須坂駅
長野電鉄屋代線動画リンク
 屋代駅(やしろえき)は、長野県千曲市大字小島にある、しなの鉄道・長野電鉄・日本貨物鉄道(JR貨物)の駅。しなの鉄道が運営するしなの鉄道線と長野電鉄屋代線が乗り入れる共同使用駅で、駅の業務はしなの鉄道が行っている。駅の開業は1888年(明治21年)である。元々はしなの鉄道線の駅ではなく、軽井沢より東の高崎駅を起点とし、新潟駅を終点とする日本国有鉄道信越本線の途中駅であった。1987年(昭和62年)の民営化により東日本旅客鉄道(JR東日本)とJR貨物が継承した。その後長野新幹線開業に伴って軽井沢・篠ノ井間がJR東日本より分離されたためしなの鉄道の運営となり、現在に至っている。一方、屋代線が乗り入れを開始したのは1922年(大正11年)で、運営会社変更・線名改称を経て2002年(平成14年)より現名称となっている。
 屋代駅構造は地上駅であり、しなの鉄道・長野電鉄のどちらのホームも地面に接する構造である。しなの鉄道のホームは、単式ホーム・島式ホームが1面ずつあり、単式ホームに1線、島式ホームに2線線路が接する。乗り場は西側の単式ホーム側から順に1番線・2番線・3番線である。線路の名称は1番線が下り本線、2番線が中線、3番線が上り本線であり、1番線に長野方面行きの列車、3番線に軽井沢方面行きの列車が発着する。長野電鉄のホームは単式ホーム1面1線で、乗り場は5番線とされている。
長野電鉄のホーム。 長野電鉄の0キロポスト。
 長野電鉄3500系・3600系電車(3500けい・3600けいでんしゃ)は、長野電鉄が帝都高速度交通営団(以下営団、現在の東京地下鉄(以下東京メトロ))から購入した通勤形電車。廃車となった日比谷線の営団3000系を譲受・改造した車両である。長野電鉄では編成両数の違いで、2両編成が3500系、3両編成が3600系と区分され、さらに2両編成は木島線用での車内運賃収受用に、運転台後部にバス用の運賃箱と運賃表示器が設置された「O編成」とそれ以外の「N編成」に区分されている。車両番号も「N編成」が3501 - 、「O編成」が3521 - 、3両の「L編成」が3601 - の通し番号で再付番された。これらは「L編成」の湯田中寄り先頭車の主電動機が撤去されている点を除いては性能的にはほとんど差がない。
長野電鉄屋代線、屋代駅 - 東屋代駅間の長福寺踏切(第3種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、屋代駅 - 東屋代駅間の倉科踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、屋代駅 - 東屋代駅間の屋代中学踏切(第1種踏切)より撮影。
東屋代駅(ひがしやしろえき)は、長野県千曲市大字屋代にある長野電鉄屋代線の駅。
東屋代駅構造は単式ホーム1面1線を有する地上駅。
長野電鉄屋代線、東屋代駅 - 雨宮駅間の東屋代東踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、東屋代駅 - 雨宮駅間の雨宮上1号踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、東屋代駅 - 雨宮駅間の蝿塚踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、東屋代駅 - 雨宮駅間の雨宮町浦踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、東屋代駅 - 雨宮駅間の雨宮駅西口踏切(第1種踏切)より撮影。
雨宮駅(あめのみやえき)は、長野県千曲市大字雨宮にある長野電鉄屋代線の駅である。
 雨宮駅構造はかつては相対式2面2線だったが、現在は単式ホーム1面1線を有する地上駅。(構内には不使用となったホームが残る)もともと有人駅だったが、現在は無人駅である。
長野電鉄屋代線、雨宮駅 - 岩野駅間の雨宮駅東踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、雨宮駅 - 岩野駅間の沢山川橋梁。
長野電鉄屋代線、雨宮駅 - 岩野駅間の中の橋踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、雨宮駅 - 岩野駅間の70間橋踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、雨宮駅 - 岩野駅間の北山隧道踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、雨宮駅 - 岩野駅間の北山隧道。
岩野駅(いわのえき)は、長野県長野市松代町岩野にある長野電鉄屋代線の駅。
岩野駅構造は単式ホーム1面1線を有する地上駅。かつては有人駅だったが、現在は無人駅である。
長野電鉄屋代線、岩野駅 - 象山口駅間のお宮踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、岩野駅 - 象山口駅間の妻女山踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、岩野駅 - 象山口駅間の学校正門踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、岩野駅 - 象山口駅間の清野第33号線踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、岩野駅 - 象山口駅間の清野第51号線踏切(第4種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、岩野駅 - 象山口駅間の清野幹線第3号踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、岩野駅 - 象山口駅間の谷街道第3号踏切(第1種踏切)より撮影。
象山口駅(ぞうざんぐちえき)は、長野県長野市松代町清野にある長野電鉄屋代線の駅。
象山口駅構造は単式ホーム1面1線を有する地上駅。かつては有人駅だったが、現在は無人駅である。
長野電鉄屋代線、象山口駅 - 松代駅間の清野302号線踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、象山口駅 - 松代駅間の神田川土手第1号線踏切(第1種踏切)より撮影。神田川橋梁。
長野電鉄屋代線、象山口駅 - 松代駅間の城廊敷地城跡第1号踏切(第1種踏切)より撮影。
松代駅(まつしろえき)は、長野県長野市松代町松代にある長野電鉄屋代線の駅である。
 松代駅構造は単式1面、島式1面の2面3線のホームと留置線を有する地上駅。有人駅である(駅員配置時間は7:00-21:00)。戦時中は不要不急線として休止される予定だったが、松代大本営建設のために休止は返上され、貨物輸送に利用された。留置線はその際に敷設されたもの。なお駅員に申請すれば、レンタサイクルを利用することが可能になっている(17:00まで)。
 1番線は通常では発着がないが、当駅で折り返す試運転列車や臨時列車が運転される際に使用される。全国でも珍しい進行方面と停車位置がねじれを起こしている駅で、通常2番線に須坂方面・3番線に屋代方面の電車が停まるはずが逆になっている。
長野電鉄屋代線、松代駅 - 金井山駅間の城裏町第1号踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、松代駅 - 金井山駅間の長野~松代街道踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、松代駅 - 金井山駅間の西裏線東線踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、松代駅 - 金井山駅間の万法寺南線踏切(第4種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、松代駅 - 金井山駅間の蛭川橋梁。
長野電鉄屋代線、松代駅 - 金井山駅間の寺尾~西寺尾線踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、松代駅 - 金井山駅間の谷街道第5号踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、松代駅 - 金井山駅間の鳥打山根通り第2号踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、松代駅 - 金井山駅間の山の神線踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、松代駅 - 金井山駅間の石山踏切(第1種踏切)より撮影。
金井山駅(かないやまえき)は、長野県長野市松代町柴にある長野電鉄屋代線の駅。
 金井山駅構造は単式ホーム1面1線を有する地上駅。かつては相対式2面2線のホームと貨物側線を持つ有人駅だったが、現在は無人駅である。戦後の一時期、当駅から松代寄りに石材積出用の側線が延びていた。
長野電鉄屋代線、金井山駅 - 大室駅間の市場踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、金井山駅 - 大室駅間の十文字踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、金井山駅 - 大室駅間の牧島裏踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、金井山駅 - 大室駅間の火の見踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、金井山駅 - 大室駅間の材木屋踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、金井山駅 - 大室駅間の牧島北踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、金井山駅 - 大室駅間の牧島踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、金井山駅 - 大室駅間の離山隧道。
長野電鉄屋代線、金井山駅 - 大室駅間の西組南踏切(第1種踏切)より撮影。
大室駅(おおむろえき)は、長野県長野市松代町大室にある長野電鉄屋代線の駅。
大室駅構造は単式ホーム1面1線を有する地上駅。無人駅である。
長野電鉄屋代線、大室駅 - 信濃川田駅間の踏切(第4種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、大室駅 - 信濃川田駅間の関崎隧道。
長野電鉄屋代線、大室駅 - 信濃川田駅間の関崎踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、大室駅 - 信濃川田駅間の駐在所踏切(第1種踏切)より撮影。
信濃川田駅(しなのかわだえき)は、長野県長野市若穂川田にある長野電鉄屋代線の駅である。
 信濃川田駅は相対式ホーム2面2線を有する地上駅。無人駅。2線とも両方向に出発信号機をもつ。かつて朝夕のラッシュ時には、須坂⇔当駅間の区間運転列車が運転されていたこともあった。構内には元貨物用の側線があり、現在は保線車両の留置線として使用されている他、廃車車両の解体も行われる。1980年代半ばに放映された明星食品のカップラーメンのテレビコマーシャルのロケ地として、また近年では熊木杏里のシングル「七月の友だち」のPV撮影地としても使用された。
長野電鉄屋代線、信濃川田駅 - 若穂駅間の学校近道踏切(第4種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、信濃川田駅 - 若穂駅間の領家踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、信濃川田駅 - 若穂駅間の保科踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、信濃川田駅 - 若穂駅間の綿内~保科街道踏切(第1種踏切)より撮影。
若穂駅(わかほえき)は、長野県長野市若穂綿内にある長野電鉄屋代線の駅である。
若穂駅構造は単式ホーム1面1線を有する地上駅。無人駅である。
長野電鉄屋代線、若穂駅 - 綿内駅間の綿内~統中踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、若穂駅 - 綿内駅間の春山踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、若穂駅 - 綿内駅間の上馬場沢踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、若穂駅 - 綿内駅間の馬場田踏切(第1種踏切)より撮影。
綿内駅(わたうちえき)は、長野県長野市若穂綿内にある長野電鉄屋代線の駅である。
綿内駅構造は相対式ホーム2面2線を有する地上駅。無人駅である。留置線を有する。
長野電鉄屋代線、内駅 - 井上駅間の高野宮踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、内駅 - 井上駅間の新聞屋踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、内駅 - 井上駅間の大橋踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、内駅 - 井上駅間の十九花踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、内駅 - 井上駅間の中町踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、内駅 - 井上駅間の双六踏切(第1種踏切)より撮影。
井上駅(いのうええき)は、長野県須坂市大字井上にある長野電鉄屋代線の駅である。
井上駅構造は単式ホーム1面1線を有する地上駅。かつては有人駅だったが、1972年に無人駅とされた。
長野電鉄屋代線、井上駅 - 須坂駅間の長浜踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、井上駅 - 須坂駅間の学校新道踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、井上駅 - 須坂駅間の勾配標。
長野電鉄屋代線、井上駅 - 須坂駅間の橋梁。
長野電鉄屋代線、井上駅 - 須坂駅間の市川橋梁。
長野電鉄屋代線、井上駅 - 須坂駅間の橋梁。
長野電鉄屋代線、井上駅 - 須坂駅間の境沢踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、井上駅 - 須坂駅間の南八幡踏切(第4種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、井上駅 - 須坂駅間の塩川通り踏切(第1種踏切)より撮影。
長野電鉄屋代線、井上駅 - 須坂駅間の第10号踏切(第1種踏切)より撮影。
 須坂駅(すざかえき)は、長野県須坂市大字須坂にある長野電鉄の駅。特急列車を含む、全列車が停車する。
 須坂駅構造は相対式ホーム1面1線、島式ホーム2面4線の計3面5線のホームを有する地上駅。橋上駅舎を持つ有人駅である。改札口は駅舎2階部分にあり、自動券売機が3台設置されている。3台のうち1台は、JR線との連絡乗車券も取り扱っている。2010年11月にはエレベーターが改札内、改札外に計3台設置され、バリアフリー化が図られた。
 長野電鉄の車両基地の須坂工場を有し、留置線が多数ある。また、駅敷地内には運輸課・乗務区などもあり長野電鉄の鉄道輸送の中核駅となっている。
 3500系・3600系電車(3500けい・3600けいでんしゃ)は、長野電鉄が帝都高速度交通営団(以下営団、現在の東京地下鉄(以下東京メトロ))から購入した通勤形電車。廃車となった日比谷線の営団3000系を譲受・改造した車両である。
 長野電鉄8500系電車(ながのでんてつ8500けいでんしゃ)は、長野電鉄(長電)の通勤形電車。東急田園都市線にて使用されていた8500系の譲受・改造車である。
 長野電鉄ED5000形電気機関車(ながのでんてつED5000がたでんききかんしゃ)は、長野電鉄に在籍していた直流用電気機関車である。3両が在籍したが、現在はすべて除籍されている。本形式は、日立製作所が1927年5月に完成させた箱型電気機関車である。外見は日立製作所が1926年に完成させた鉄道省ED15形に酷似している。ED5001 - ED5003の3両が在籍していた。当初の番号はED501 - ED503であったが、後に改番された。貨物列車の牽引やスキーシーズンの国鉄からの直通列車の牽引に使用されたが、1969年定山渓鉄道の廃止によりED5100形が入線した際にED5002, ED5003が廃車され、越後交通に譲渡された。この後はED5100形が主力になり、1両残ったED5001は入換や小運転などに使用された。1979年に貨物営業が廃止されると、ED5100形も越後交通に譲渡されたがED5001は残存し、除雪,入れ換え,工事、救援用として待機していた。しかし軌道モーターカーや除雪車の導入等により次第に職を失い、最晩年は新車搬入・廃車車両の回送などが主な用途であった。1990年代になるとイベント等で新OSカー10系と組んでの運転などもなされた。結局、老朽化などにより2002年3月15日に須坂 - 信濃川田間での廃車車輌の回送を最後に、同年3月31日付で除籍され、長電テクニカルサービスの機械扱いになった。そのため本線に出ることはできず、須坂駅構内の入れ換えに使用されている。2006年には東葉高速鉄道で不要となったアント機が搬入され、活躍を始めたが、ED5001号も未だ現役である。
 長野電鉄2000系電車(ながのでんてつ2000けいでんしゃ)は、長野電鉄の特急形車両。1957年(昭和32年)から1964年(昭和39年)までに3両編成4本(12両)が日本車輌製造で製造された。ハイメカニズムと上質な設備を兼ね備えた当時の優秀車であり、1950年代後半の地方私鉄の電車としては希有な存在であった。半世紀にわたって長野電鉄の看板電車としての地位を堅持し、長野市と湯田中温泉・志賀高原を結ぶ特急列車として運用され続けてきた。しかし、老朽化並びに後継車両の導入により2006年12月9日のダイヤ改正ですべてのA特急運用から撤退した。なお、B特急に関しては改正後もしばらくはこの形式で運用する。また、後述する元・小田急電鉄10000形の2代目1000系が定期点検を受ける時は、代走でA特急運用に入ることとなる。
 10系(1980年 - 2003年) 須坂長野 - 善光寺下間が地下化された際にA-A基準に適合する車両が必要になったため、2両編成1本が1980年(昭和55年)に製造された。当初は地下化に伴い前述の0系、2000系、1500系以外の適合しない全車両を当系列で置き換える構想もあったが、コストの点から東急5000系の譲受車である2500系・2600系の導入になった。0系から設計変更された箇所が多く、こちらは新OSカーと呼ばれている。
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