更新日時 2016年02月06日

ローカル線の旅 長野電鉄長野線
 長野電鉄長野線は、長野県長野市の長野駅から長野県下高井郡山ノ内町の湯田中駅までを結ぶ長野電鉄の鉄道路線である。以前は、長野 - 須坂間は長野線、須坂 - 信州中野間は河東線、信州中野 - 湯田中間は山の内線(開業当初は平穏線)が正式名称であったが、2002年9月18日から運行形態に合わせて路線名称を変更した。志賀高原の観光輸送に加え、長野-信州中野間において朝夕ラッシュ時に普通・特急合わせて約10 - 20分間隔の高頻度運転を実施しており、長野市近郊の通勤・通学輸送を本格的に担ってきたことが特徴である。長野 - 朝陽間(開業当初は信濃吉田まで)が複線で、長野市街地内の連続立体交差化事業によって、1981年3月1日より、長野 - 善光寺下間は途中に地下駅を有する地下区間(地下線)となっている。中小都市内で途中に地下駅がある地下路線は日本では数少なく、その後北陸鉄道浅野川線の北鉄金沢駅界隈が地下化されるまでは長野線は地方私鉄唯一の地下線を有する路線であった。地元住民からは「地下鉄」と呼ばれることもある。柳原 - 村山間の千曲川に架かる村山橋は鉄道道路併用橋で、橋梁の下流側を線路、上流側を国道406号線が通っている。だが1926年の開業以来使用してきた旧橋は道幅が狭く老朽化のため上流側15mに新橋を建設。こちらも併用橋として建設した。2004年8月7日に車道上り線が開通、2008年12月22日に車道下り線が開通。線路側も2009年11月9日より供用開始となった。橋梁部は長野電鉄初のロングレールである。また長野駅 - 須坂駅 - 信州中野駅間の各駅(無人駅含む、ただし附属中学前駅は除く)と湯田中駅には自動券売機が設置されている。自動券売機未設置の中野松川駅 - 上条駅間では、一部列車を除き車掌が車内券(補充券)による乗車券の発売を行う。車庫は屋代線との分岐点の須坂駅にある。信州中野駅から湯田中駅までは最高40‰の急勾配が続く。終点の湯田中駅はホーム設置位置の関係で変則スイッチバック構造の駅だったが、2006年9月から10月にかけて行なわれた改修工事でスイッチバックは解消された。
長野電鉄 長野線
長野駅 - 市役所前駅 - 権堂駅 - 善光寺下駅 - 本郷駅 - 桐原駅 - 信濃吉田駅 - 朝陽駅 - 附属中学前駅 - 柳原駅 - 村山駅 - 日野駅 - 須坂駅 - 北須坂駅 - 小布施駅 - 都住駅 - 桜沢駅 - 延徳駅 - 信州中野駅 - 中野松川駅 - 信濃竹原駅 - 夜間瀬駅 - 上条駅 - 湯田中駅
 長野駅(ながのえき)は、長野市南千歳一丁目にある長野電鉄の駅である。長野電鉄の駅はJR長野駅善光寺口側地下にあり、駅の外からの徒歩連絡となっている。東口とは連絡地下道が設置されている。ながの東急百貨店、駅ビルMIDORIとも地下で直結している。かつてはホテルサンルート長野とも直結していたが、同ホテルは2010年8月にターミナル通り沿いに移転したため、現在は地上連絡となっている。
 コンコースは地下1階にあり、改札、自動券売機4台(押しボタン式(傾斜型)2台、タッチパネル式(傾斜型)2台)があり、その他駅務室、駅長室、宿直室がある。また改札隣には、長電観光(2007年に長野電鉄本社に合併)の旅行センター「たびプラザ」があり、宝くじや長電バスの定期・回数券が購入できる(営業時間は月~土曜日の9:30~18:30)。2007年に自動体外式除細動器(AED)が設置された。 出札口では硬券の入場券のほか、日本一大きいハガキ大の入場券が発売されている。いずれも160円。ホームは地下2階にある。島式ホーム2面3線 (85m) の地下駅で、2番線のみ乗降分離されている。一見、櫛形ホームのように見えるが、各ホームの市役所前駅側端部には、長野大通り地下の南千歳横断地下道に繋がる非常用階段があるため、実際には島式ホームである[なぜ?]。終端駅のため、各ホームには車止め(誘導型油圧式)が設置されている。その他、運転取扱室、乗務員控室、電気室、機械室、発電機室などがある。かつて地上駅だった頃は島式ホーム1面2線(国鉄長野駅の貨客分離後からは相対式ホーム2面2線)で、国鉄長野駅との間に貨物列車などの直通列車用の連絡線が存在した。
 長野電鉄2100系電車(ながのでんてつ2100けいでんしゃ)は、長野電鉄の特急形電車。 老朽化した2000系電車の代替として東日本旅客鉄道(JR東日本)253系電車を譲り受けた車両である。愛称は「スノーモンキー」。ワンマン仕様に変更のほか、前面貫通扉を塞ぎ非貫通仕様に改造施工された。 しかし、近年入線している1000系・8500系同様、塗装等、おおむねの外観はオリジナル状態を保っており、ヨーダンパ・行先案内装置など種車からそのまま踏襲された設備が多い。 外観上目立つ相違点は「N'EX」ロゴの撤去・「snow monkey」ロゴの貼付や細部標記の変更等に留まっている。全車禁煙。外観同様、車内設備もおおむねJR時代を保っている。1号車・湯田中方に設置されている元グリーン個室には「Spa猿〜ん」の愛称が付けられ、4人用個室指定席とされた。開放室は自由席とされたが、こちらも種車のまま設備に変更はなく、座席は回転リクライニングシートとなっている。2号車および3号車は全席自由席で、1号車と同じく設備に変更はなく、集団見合い式のシート配列を保っている。なお、自由席は1人掛2列の2号車11番を除き、1号車開放室を含めすべて2人掛4列。その他設備のうち、公衆電話は撤去されている。また、洗面所は鏡を除いて撤去された。トイレについては車両基地に対応設備が無いため、撤去は行われていないものの締め切られており、使用することはできない。また、荷物棚についてはJR時代に一般式に改造された1号車を除き、ハットラック式のまま存置されている。車内日本語自動アナウンスは、SBC信越放送アナウンサーの山崎昭夫、英語自動アナウンスはトーマス・デイリーが担当している。
 長野電鉄8500系電車(ながのでんてつ8500けいでんしゃ)は、長野電鉄(長電)の通勤形電車。東急田園都市線にて使用されていた8500系の譲受・改造車である。この8500系は長電初の運転台にワンハンドル式主幹制御器を装備する界磁チョッパ制御車で、加えてLED式行先表示器、車内案内表示器(千鳥配置)、ドアチャイム、車椅子スペースが設置されたほか、ワンマン運転用に車内チャイム付自動放送装置も搭載されている。降雪が多い地域での運転のため、客用ドアの凍結対策としてドアレールヒーター、ブレーキ力の低下を防ぐ耐雪ブレーキ装置、空調を効率的に効かせるための3扉締め切り機能(1両当たり4扉中3扉を締め切りにする機能)が追加されている。これまで東急の車両が地方鉄道に譲渡された際、回生制動装備車の場合は使用停止にされる事例が多かったが、8500系では回生制動の失効速度を東急時代の22km/hから25km/hに変更することで解決した。ブレーキシュー(制輪子)はレジン製から鋳鉄製に交換された。勾配用の抑速制動は装備していないので、30 - 40‰の勾配が連続する信州中野駅 - 湯田中駅間には入線できない。このため、1000系の代走には充当されないが、湯田中の行先表示は入っている。使用例として、2006年8月の長野びんずる祭りのラッシュ対策として通常3500系で運用される定期列車に8500系を湯田中行きとして充当された実績がある(信州中野駅で所定の3500系に車両交換)。長野電鉄8500系電車動画リンク
 市役所前駅(しやくしょまええき)は、長野県長野市大字鶴賀上千歳町にある長野電鉄長野線の駅。普通列車とB特急が停車する。
 市役所前駅構造は相対式ホーム2面2線を有する地下駅。有人駅である。入鋏を省略して入場する。長野大通りの下に位置し、駅舎のある地下1階には駅務室、宿直室、電気室、機械室があり、ホームは地下2階にある。エスカレーターは、2番線(地下2階)から北口の改札のある地下1階の間の上り専用のみ設置されている。北口と南口がある。南口は営業時間が限られている。南口営業時間 平日の7:10~10:00のみ(土曜日、日曜日、祝日、12月30日~1月3日は終日休業)2007年に下りホームに電光式旅客案内装置が設置されたが、列車接近案内及び放送には対応していない。
 権堂駅(ごんどうえき)は、長野県長野市大字鶴賀権堂町にある長野電鉄長野線の駅である。特急列車を含む、全列車が停車する。
 権堂駅構造は相対式ホーム2面2線を有する地下駅。有人駅である。自動券売機設置駅。入鋏は省略される場合が多いが、入鋏して入場することもある。長野大通りの下に位置し、改札のある地下1階には他に駅務室、宿直室、電気室、機械室があり、ホームは地下2階にある。ホームへの出入り口は1ヶ所で、改札口脇にトイレが設置されている。改札を入場し、左側が1番線、右側が2番線への階段で、ホーム中央付近へ繋がっている。地上への出入り口は4ヶ所ある。地下1階では併設するイトーヨーカドー長野店の地下売り場へ繋がっている。エスカレーターは、2番線(地下2階)から改札のある地下1階の間の上り専用のみ設置されている。エレベーターは未設置。地上駅時代は、現在のイトーヨーカドー長野店の位置に駅舎があって、フランス人のマンサールが設計したとされるのに因み名付けられたマンサード型の建物に特徴があった。戦後間もない頃には、2階部分が米軍に接収され、ダンスホールとして使われたことがあるという。
 善光寺下駅(ぜんこうじしたえき)は、長野県長野市三輪七丁目にある長野電鉄長野線の駅。普通列車のみ停車する。かつては特急列車(現在のB特急に相当)が毎日停車していたが、現在では通過する(2003年及び2009年の「善光寺御開帳」の際には臨時停車した)。
 善光寺下駅構造は相対式ホーム2面2線を有する地下駅。有人駅である。自動券売機2機設置。入鋏は省略される。長野大通りの下に位置し、改札のある地下1階には駅務室・宿直室・電気室があり、ホームは地下2階にある。各ホームへの出り口は1ヶ所で、改札口脇にトイレが設置されている。改札を入場し、右側が1番線、左側が2番線への階段で、ホームの本郷駅寄りの位置に繋がっている。地上への出入り口は4ヶ所ある。下りホームに電光式旅客案内装置が設置されているが、列車接近案内及び放送には対応していない。
長野電鉄長野線の善光寺下駅 - 本郷駅間の横山橋より撮影。ここで地上に出てくる。
 本郷駅(ほんごうえき)は、長野県長野市三輪三丁目にある長野電鉄長野線の駅である。B特急と普通列車が停車する。
 本郷駅構造は相対式ホーム2面2線を有する地上駅。橋上駅舎を持つ有人駅であり、自動券売機(ボタン式1台)が設置されている。各ホームへの出入り口は1ヶ所で、入鋏を省略して入場する。駅務室の向かいにはトイレが設置されている。改札を入場し、左側が1番線、右側が2番線への階段で、ホームの善光寺下駅寄りの位置に繋がっている。2番線ホーム脇には駐輪場があり、無料で利用できる。エスカレーター、エレベーターは未設置。上りホームに電光式旅客案内装置が設置されているが、列車接近案内及び放送には対応していない。一部をステーションデパートとしてテナントに貸与している。完成当時はスーパーマーケットなど12店舗が入店していたが、現在では、改札を抜けてすぐに中古CD店、1階北側方向出口には花屋などが営業している。
長野電鉄長野線の本郷駅 - 桐原駅間の返目踏切(起点より3.297㎞)より撮影。
長野電鉄長野線の本郷駅 - 桐原駅間の桐原西踏切より撮影。
 桐原駅(きりはらえき)は、長野県長野市桐原一丁目にある長野電鉄長野線の駅。普通列車のみ停車する。
桐原駅構造は相対式ホーム2面2線を有する地上駅。有人駅である。
長野電鉄長野線の桐原駅 - 信濃吉田駅間の桐原東踏切より撮影。
長野電鉄長野線の桐原駅 - 信濃吉田駅間の吉田横町踏切より撮影。
長野電鉄長野線の桐原駅 - 信濃吉田駅間の第23号踏切より撮影。
 信濃吉田駅(しなのよしだえき)は、長野県長野市吉田三丁目にある長野電鉄長野線の駅。一部の特急列車(B特急)と普通列車が停車する。
 信濃吉田駅構造は相対式ホーム2面2線を有する地上駅。橋上駅舎を持つ有人駅で、長野電鉄線で最も新しい駅舎である。入鋏を省略して入場する。各ホームには上り専用のエスカレーターが設置されている。
南口からペデストリアンデッキで、再開発ビル「ノルテながの」に直結している。
長野電鉄長野線の信濃吉田駅 - 朝陽駅間の第22号踏切より撮影。
長野電鉄長野線の信濃吉田駅 - 朝陽駅間の中電踏切より撮影。
長野電鉄長野線の信濃吉田駅 - 朝陽駅間の旧第21号踏切より撮影。
長野電鉄長野線の信濃吉田駅 - 朝陽駅間の信越線との交差部にて撮影。
長野電鉄長野線の信濃吉田駅 - 朝陽駅間の古里踏切(起点より5.496㎞)より撮影。
長野電鉄長野線の信濃吉田駅 - 朝陽駅間の南堀踏切より撮影。
 朝陽駅(あさひえき)は、長野県長野市大字南堀にある長野電鉄長野線の駅である。長野駅からこの朝陽駅までは複線区間である。普通列車とB特急が停車する。
 朝陽駅構造は島式ホーム1面2線を有する地上駅。有人駅である。跨線橋がなく、駅舎から構内踏切で上り線を渡ってホームへ出る。
長野電鉄長野線の朝陽駅 - 附属中学前駅間の朝陽駅東踏切より撮影。
長野電鉄長野線の朝陽駅 - 附属中学前駅間の北堀2号東踏切より撮影。
 附属中学前駅(ふぞくちゅうがくまええき)は、長野県長野市大字南堀にある長野電鉄長野線の駅。普通列車のみ停車する。
 附属中学前駅構造は単式ホーム1面1線を有する地上駅。有人駅である。信州大学教育学部附属長野中学校に登校する生徒は、同特別支援学校の敷地内を歩行する。また、同小学校は線路を挟んでホームの反対側にあり、駅舎のすぐ前に短絡している跨線橋「ゆめのかけはし」からアクセスできる。
長野電鉄長野線の 附属中学前駅 - 柳原駅間の富竹踏切より撮影。
長野電鉄長野線の 附属中学前駅 - 柳原駅間のお宮新道踏切(起点より7.448㎞)より撮影。
長野電鉄長野線の 附属中学前駅 - 柳原駅間の岡田せぎ南踏切(起点より7.654㎞)より撮影。
長野電鉄長野線の 附属中学前駅 - 柳原駅間の柳原駅西踏切より撮影。
 柳原駅(やなぎはらえき)は、長野県長野市大字柳原にある長野電鉄長野線の駅である。普通列車のみが停車する。例年5月下旬に満開となるあやめの花が駅の名物となっており、見物客で賑わう。
 柳原駅構造は島式ホーム1面2線を有する地上駅。有人駅である。留置線を有していたが、撤去された。2007年に構内自動放送設備が新設され、早朝・夜間を除いて列車接近・通過案内放送が入り、また待合室外の案内表示機も連動して接近・通過案内を表示するようになった。(放送内容は「まもなく、上り電車が到着致します。ご注意ください。」、「まもなく、下り電車が到着致します。ご注意ください。」、「まもなく、電車が通過致します。ご注意ください。」のそれぞれ2回繰り返し)
長野電鉄長野線の柳原駅 - 村山駅間の旧線架道橋。
 長野電鉄長野線の村山橋(むらやまばし)は、長野県の長野市と須坂市との間の千曲川に架かる橋。長野電鉄長野線と国道406号で共用している鉄道道路併用橋である。鉄道としては、長野線の柳原駅と村山駅の間に位置する。
 もともとこの位置には、明治末期に舟橋が架けられていた。事業として建設されたために有料で、しかも幅が約2.7 mしかなく揺れが激しいことから、危険なものであった。これが老朽化してきたため、永久橋として架け替える計画が出ていた。一方この頃、長野市の東隣に位置する町村が長野市と合併する計画が進行しており、その中の1つである吉田町は、合併条件として長野と須坂を結ぶ鉄道を挙げた。これを長野市長が積極的に支持し、長野市が一部を出資する形で長野電気鉄道を設立することになった。長野電気鉄道は1923年(大正12年)に資本金200万円で設立されたが、千曲川を渡る橋の建設費はその半額の100万円にも上ると見積もられ、ネックとなっていた。そこで、村山橋の架け替え計画に合わせて鉄道道路併用橋とすることを出願した。1924年(大正13年)に5月に許可が出て、11月1日に着工された。大正時代に建設された村山橋は、全長814.2 mで、車道の幅は5.5 m、鉄道の幅は3.8 mの鉄道道路併用橋であった。7連のトラス橋とコンクリート製桁橋11連、単純鋼板桁橋33連を組み合わせたもので、車道は2車線であった。共用となっているのはこのうちトラス橋部分で、桁橋の部分は鉄道と道路がそれぞれ独立した橋となっていた。ただし独立部分を含めて監督は長野県が担当した。トラスは川崎造船所兵庫工場製であった。総工費は109万円で、1926年(大正15年)4月30日に橋が完成した。建設費は、独立している部分についてはそれぞれが負担し、共用しているトラス橋については、長野県が6割、長野電気鉄道が4割を負担した。権堂と須坂を結ぶ鉄道は、この年の6月28日に開通した。その後長野電気鉄道は、現在の長野電鉄屋代線などを建設した河東鉄道に9月30日に吸収され、河東鉄道が改称して長野電鉄となった。また道路はおよそ1年遅れて、1927年(昭和2年)7月に開通した。平成に入り、この村山橋は道路が2車線であり大型車の行き違いが困難であること、歩道がなく歩行者の通行が困難であること、老朽化が進展していることなどを理由に、架け替えが決定された。新しい村山橋は旧村山橋の上流側(南側)に隣接して建設されており、1990年度(平成2年度)に着手された。実際の工事には1998年度(平成10年度)から着手しており、まず2004年(平成16年)8月にI期工事として2車線が開通した。これにより、旧橋の2車線と合わせて往復4車線が確保された。引き続きII期工事が行われ、2008年(平成20年)12月22日に道路の残りの2車線が開通した。これにより、旧橋の道路の使用が終了となり、旧橋は鉄道専用橋となった。さらに新橋の鉄道部分の工事が進められ、旧橋の鉄道の通行は2009年(平成21年)11月6日終電までとなった。その後、列車を運休して切り替え工事が行われ、2009年11月9日から新橋での運行が開始された。新しい村山橋は全長837.8 mで、車道は3.25 m幅の4車線、歩道は3.5 mで両側歩道で、線路部は幅4.8 mである。軌道についてはロングレールを採用している。また6連のトラス橋と5連の鋼製桁橋の組み合わせとなっている。
長野電鉄長野線の柳原駅 - 村山駅間の伊勢屋踏切より撮影。
 村山駅(むらやまえき)は、長野県須坂市大字高梨にある長野電鉄長野線の駅である。特急列車は通過し、普通列車のみが停車する。
 村山駅(むらやまえき)は、長野県須坂市大字高梨にある長野電鉄長野線の駅である。特急列車は通過し、普通列車のみが停車する。
 村山駅構造は開業当初は長野寄りの踏切脇にホーム1面と駅舎を有する停留所であったが、のちに交換設備を新設した際に 須坂寄りの現在地に移転した際に、島式ホーム1面2線と留置線を有する現在の設備となった。かつては有人駅だったが、現在は無人駅である。構内踏切の位置の都合上列車は右側通行をする。
長野電鉄長野線の村山駅 - 日野駅間の高梨踏切より撮影。
長野電鉄長野線の村山駅 - 日野駅間の日野踏切より撮影。
 日野駅(ひのえき)は、長野県須坂市大字小山にある長野電鉄長野線の駅である。特急列車は全て通過し、普通列車のみが停車する。
 日野駅構造は単式ホーム1面1線を有する地上駅。待合室を備えるが無人駅である。営業再開時には長野電鉄線初となる乗車駅票発行機が設置された。1944年1月11日の戦時節電による休止時までは村山寄りの踏切脇にあり、駅員配置駅であった。現在でも旧駅のホーム擁壁が残っている。
長野電鉄長野線の日野駅 - 須坂駅間の農道10号線踏切(起点より11.330㎞)より撮影。
長野電鉄長野線の日野駅 - 須坂駅間の蒔田踏切(起点より11.433㎞)より撮影。
長野電鉄長野線の日野駅 - 須坂駅間の塩川踏切(起点より11.788㎞)より撮影。
長野電鉄長野線の日野駅 - 須坂駅間の東山踏切(起点より12.178㎞)より撮影。
 須坂駅(すざかえき)は、長野県須坂市大字須坂にある長野電鉄の駅。特急列車を含む、全列車が停車する。
 須坂駅構造は相対式ホーム1面1線、島式ホーム2面4線の計3面5線のホームを有する地上駅。橋上駅舎を持つ有人駅である。改札口は駅舎2階部分にあり、自動券売機が3台設置されている。3台のうち1台は、JR線との連絡乗車券も取り扱っている。2010年11月にはエレベーターが改札内、改札外に計3台設置され、バリアフリー化が図られた。
 長野電鉄の車両基地の須坂工場を有し、留置線が多数ある。また、駅敷地内には運輸課・乗務区などもあり長野電鉄の鉄道輸送の中核駅となっている。
 長野電鉄8500系電車(ながのでんてつ8500けいでんしゃ)は、長野電鉄(長電)の通勤形電車。東急田園都市線にて使用されていた8500系の譲受・改造車である。
 長野電鉄ED5000形電気機関車(ながのでんてつED5000がたでんききかんしゃ)は、長野電鉄に在籍していた直流用電気機関車である。3両が在籍したが、現在はすべて除籍されている。本形式は、日立製作所が1927年5月に完成させた箱型電気機関車である。外見は日立製作所が1926年に完成させた鉄道省ED15形に酷似している。ED5001 - ED5003の3両が在籍していた。当初の番号はED501 - ED503であったが、後に改番された。貨物列車の牽引やスキーシーズンの国鉄からの直通列車の牽引に使用されたが、1969年定山渓鉄道の廃止によりED5100形が入線した際にED5002, ED5003が廃車され、越後交通に譲渡された。この後はED5100形が主力になり、1両残ったED5001は入換や小運転などに使用された。1979年に貨物営業が廃止されると、ED5100形も越後交通に譲渡されたがED5001は残存し、除雪,入れ換え,工事、救援用として待機していた。しかし軌道モーターカーや除雪車の導入等により次第に職を失い、最晩年は新車搬入・廃車車両の回送などが主な用途であった。1990年代になるとイベント等で新OSカー10系と組んでの運転などもなされた。結局、老朽化などにより2002年3月15日に須坂 - 信濃川田間での廃車車輌の回送を最後に、同年3月31日付で除籍され、長電テクニカルサービスの機械扱いになった。そのため本線に出ることはできず、須坂駅構内の入れ換えに使用されている。2006年には東葉高速鉄道で不要となったアント機が搬入され、活躍を始めたが、ED5001号も未だ現役である。
 長野電鉄2000系電車(ながのでんてつ2000けいでんしゃ)は、長野電鉄の特急形車両。1957年(昭和32年)から1964年(昭和39年)までに3両編成4本(12両)が日本車輌製造で製造された。ハイメカニズムと上質な設備を兼ね備えた当時の優秀車であり、1950年代後半の地方私鉄の電車としては希有な存在であった。半世紀にわたって長野電鉄の看板電車としての地位を堅持し、長野市と湯田中温泉・志賀高原を結ぶ特急列車として運用され続けてきた。しかし、老朽化並びに後継車両の導入により2006年12月9日のダイヤ改正ですべてのA特急運用から撤退した。なお、B特急に関しては改正後もしばらくはこの形式で運用する。また、後述する元・小田急電鉄10000形の2代目1000系が定期点検を受ける時は、代走でA特急運用に入ることとなる。
 10系(1980年 - 2003年) 須坂長野 - 善光寺下間が地下化された際にA-A基準に適合する車両が必要になったため、2両編成1本が1980年(昭和55年)に製造された。当初は地下化に伴い前述の0系、2000系、1500系以外の適合しない全車両を当系列で置き換える構想もあったが、コストの点から東急5000系の譲受車である2500系・2600系の導入になった。0系から設計変更された箇所が多く、こちらは新OSカーと呼ばれている。
長野電鉄長野線の須坂駅 - 北須坂駅間の六角堂踏切より撮影。
長野電鉄長野線の須坂駅 - 北須坂駅間の八木沢踏切より撮影。
長野電鉄長野線の須坂駅 - 北須坂駅間の南小河原中学校道踏切より撮影。
長野電鉄長野線の須坂駅 - 北須坂駅間の大正新道踏切より撮影。
長野電鉄長野線の須坂駅 - 北須坂駅間の小河原踏切(起点より14.087㎞)より撮影。
長野電鉄長野線の須坂駅 - 北須坂駅間の高畑学校道踏切より撮影。
長野電鉄長野線の須坂駅 - 北須坂駅間の旭ヶ丘踏切(起点より14.718㎞)より撮影。
 北須坂駅(きたすざかえき)は、長野県須坂市大字小河原にある長野電鉄長野線の駅である。普通列車のみ停車する。以前はB特急の停車駅だったが、2010年(平成23年)2月13日のダイヤ改正から通過となった。
 北須坂駅構造は開業時からは単式ホーム1面1線だったが、1994年(平成6年)の列車増発に対応するため、島式ホーム1面2線を持つ地上駅へ変更された。またかつては有人駅だったが、現在は無人駅である。2007年に構内自動放送設備が新設され、夜間・早朝以外は放送が入るようになった。(放送内容は「まもなく、上り電車が到着致します。ご注意ください」、「まもなく、下り電車が到着致します。ご注意ください」、「まもなく、電車が通過致します。ご注意ください」とそれぞれ2回繰り返し)
長野電鉄長野線の北須坂駅 - 小布施駅間の新道踏切より撮影。
長野電鉄長野線の北須坂駅 - 小布施駅間の橋梁。
長野電鉄長野線の北須坂駅 - 小布施駅間の橋梁。
長野電鉄長野線の北須坂駅 - 小布施駅間の大島踏切(起点より16.588㎞)より撮影。
長野電鉄長野線の北須坂駅 - 小布施駅間の横町尻踏切より撮影。
 小布施駅(おぶせえき)は、長野県上高井郡小布施町大字小布施にある長野電鉄長野線の駅。 特急列車を含む全列車が停車する。
 小布施駅構造は相対式1面1線、島式1面2線の計2面3線のホームを有する地上駅。有人駅である。列車は右側通行で入線する。
構内に「ながでん電車の広場」があり、以前走っていた電車・電気機関車などが展示保存されている。
 長野電鉄ED5000形電気機関車(ながのでんてつED5000がたでんききかんしゃ)は、長野電鉄に在籍していた直流用電気機関車である。3両が在籍したが、現在はすべて除籍されている。越後交通に譲渡されたED5002は尾灯の移設、ステップ兼用の除雪器取り付け枠の設置などが行われ、ED511と改番されて貨物輸送にあたったが、1979年に長野電鉄からED5100形が譲渡されたことで1980年1月24日に廃車された。ED511は保存のため同年10月に長野電鉄に里帰りを果たした。当初は須坂駅構内で、1990年以降は小布施駅構内に完成した「ながでん電車の広場」に静態保存されている。なお静態保存に当たっては車体標記を旧番号の「502」に戻すなどの復元が行われているものの、尾灯が越後交通時代のまま等、完全ではない。近年は電車の広場保存の他車同様状態が悪い。
 長野電鉄100系電車(ながのでんてつ100けいでんしゃ)は、かつて長野電鉄が保有していた車両。現在はすべて廃車となり、そのうち1両が小布施駅構内のながでん電車の広場に静態保存されている。モハ102は上田交通に譲渡され、上田交通クハ261として運用したのち廃車、長野電鉄に戻り小布施の「ながてん電車の広場」に製造当時のデハニ201の姿で展示保存されている。
長野電鉄600系電車が小布施駅の「ながでん電車の広場」で静態保存されている。
 長野電鉄1000系電車(ながのでんてつ1000けいでんしゃ)は、かつて長野電鉄で使用されていた通勤形電車。運輸省規格型電車の一つで、1948年(昭和23年)から1954年(昭和29年)にかけて日本車輌製造で制御電動車のモハ1000形・モハ1500形・制御車のクハ1550形が製造され、総勢10両が在籍した。1951年(昭和26年)より製造された1500系は1000系と車体はあまり変わらないが、台車がKS-33Eに変更されている。長野 - 善光寺下間の地下化とそのための2500系・2600系導入によりほとんどは廃車なったが、1500系の両運転台車であるモハ1501・モハ1502は河東線屋代 - 須坂間(現在の屋代線区間)用として残された。モハ1501・1502も3500系導入により廃車となった。現在は、1000系モハ1001が小布施駅の「ながでん電車の広場」で静態保存されている。
 我が国初期の鉄道用鉄桁(松川鉄橋)旧所在地 須坂市小布施町間の松川(信濃川支流)この型の鉄橋は、英国において設計・製作され、鉄道施設の初期時代、東海道・信越・東北などの各鉄道線に多数架設されたものである。見ての通りその姿は、明治の良き時代を今に伝えるとともに、我が国の鉄道創業時代を代表する記念碑ともなっている。本鉄橋は、旧国鉄で約30年間使用され、その後、河東鉄道(長野鉄道の前身)が鉄道省から譲り受け大正11年(1922年)に松川橋梁として架設されたものである。以来約70年間、文字通り列車の運行を支えてきたが、平成2年(1990年)新しい桁と交換され引退となった。この典型的な英国式トラス桁は現在残り少なくなっており、橋梁発達史の上では大変貴重なものである。また、当社にとっても、創業時代の記念すべき構造物でもあるので創立70周年を記念し、ここに永久保存し展示することにした。
長野電鉄長野線の小布施駅 - 都住駅間のまるりん踏切より撮影。
長野電鉄長野線の小布施駅 - 都住駅間のまるりん踏切より撮影。
長野電鉄長野線の小布施駅 - 都住駅間の北岡踏切(起点より17.832㎞)より撮影。
長野電鉄長野線の小布施駅 - 都住駅間の古町踏切(起点より18.234㎞)より撮影。
長野電鉄長野線の小布施駅 - 都住駅間の六川踏切より撮影。
 都住駅(つすみえき)は、長野県上高井郡小布施町大字都住にある長野電鉄長野線の駅である。普通列車のみ停車する。
都住駅構造は単式ホーム1面1線を有する地上駅。かつては有人駅だったが、現在は無人駅である。
長野電鉄長野線の都住駅 - 桜沢駅間の都住駅前踏切より撮影。
長野電鉄長野線の都住駅 - 桜沢駅間の宮裏踏切より撮影。
長野電鉄長野線の都住駅 - 桜沢駅間の中条尻踏切(起点より19.010㎞)より撮影。
長野電鉄長野線の都住駅 - 桜沢駅間の5号線踏切(起点より19.627㎞)より撮影。
長野電鉄長野線の都住駅 - 桜沢駅間の煙草屋踏切(起点より20.864㎞)より撮影。
 桜沢駅(さくらさわえき)は、長野県中野市大字三ツ和にある長野電鉄長野線の駅である。普通列車のみ停車する。
桜沢駅構造は島式ホーム1面2線を有する地上駅。無人駅であり、留置線を有する。
桜沢駅に係留されている軌道モータカーTMC300富士重工製。
長野電鉄長野線の桜沢駅 - 延徳駅間の沢先踏切(起点より21.560㎞)より撮影。
長野電鉄長野線の桜沢駅 - 延徳駅間の三っ通踏切(起点より22.015㎞)より撮影。
長野電鉄長野線の桜沢駅 - 延徳駅間の長丁踏切より撮影。
長野電鉄長野線の桜沢駅 - 延徳駅間の篠井踏切(起点より13.135㎞)より撮影。
 延徳駅(えんとくえき)は、長野県中野市大字篠井にある長野電鉄長野線の駅である。普通列車のみ停車する。
 延徳駅構造は単式ホーム1面1線だったが、長野オリンピック開催時の列車増発に対応するため、島式ホーム1面2線を持つ地上駅へ変更された。またかつては有人駅だったが、現在は無人駅である。ホームへの移動は、構内踏切を利用する。
長野電鉄長野線の延徳駅 - 信州中野駅間の小田中踏切より撮影。
長野電鉄長野線の延徳駅 - 信州中野駅間の小田中中踏切より撮影。
 信州中野駅(しんしゅうなかのえき)は、長野県中野市西一丁目にある長野電鉄長野線の駅である。標高は376m。
 信州中野駅構造は相対式2面2線、島式1面2線の計3面4線のホームを有する地上駅。有人駅で、橋上駅舎を有する。特急列車を含む全列車が停車するが、当駅から湯田中方面は運転本数が少なくなる為、殆どのB特急はこの駅で湯田中行きと接続する。
木島線(信州中野駅~木島駅)との分岐駅だったが、2002年に木島線が廃止されたため同線が使っていた1番ホームは不使用となっている。
 3500系・3600系電車(3500けい・3600けいでんしゃ)は、長野電鉄が帝都高速度交通営団(以下営団、現在の東京地下鉄(以下東京メトロ))から購入した通勤形電車。廃車となった日比谷線の営団3000系を譲受・改造した車両である。長野オリンピックを5年後に控えた1993年(平成5年)に、普通列車の増発と老朽化した2500系(旧・東京急行電鉄(以下東急)旧5000系)や0系OSカーなどの在来車の置き換え・車種統一を目的に一気に投入された。先頭車(旧3000形)34両、中間車(旧3500形)3両の37両が投入され、長野電鉄の最大勢力車両となった。また、これらとは別に部品確保用として無車籍の先頭車2両(うち1両は事故車両の補充用として使用された)が須坂駅構内に搬入されたため、実際には39両が長野電鉄入りしている。長野電鉄では編成両数の違いで、2両編成が3500系、3両編成が3600系と区分され、さらに2両編成は木島線用での車内運賃収受用に、運転台後部にバス用の運賃箱と運賃表示器が設置された「O編成」とそれ以外の「N編成」に区分されている。車両番号も「N編成」が3501 - 、「O編成」が3521 - 、3両の「L編成」が3601 - の通し番号で再付番された。これらは「L編成」の湯田中寄り先頭車の主電動機が撤去されている点を除いては性能的にはほとんど差がない。譲受当初は先述の主電動機撤去を除けば、30 - 40 ‰ の勾配が連続する信州中野駅 - 湯田中駅間にも入線できるようにするために抵抗器が増設され、車体の窓上下に赤帯が入れられ、社章が長野電鉄のものに交換された程度の改造で就役したが、その後、使用条件の変化などからO編成以外のワンマン運転対応改造や、2001年(平成13年)には京成電鉄から譲受した冷房装置の搭載改造(N3 - N8編成とL編成のすべて)が施工された。電源装置には営団5000系電車の廃車発生品である静止型インバータ (SIV) が使用されている。
長野電鉄長野線の信州中野駅 - 中野松川駅間の中野~吉田線踏切(起点より25.944㎞)より撮影。
長野電鉄長野線の信州中野駅 - 中野松川駅間の中野~新井線踏切(起点より26.008㎞)より撮影。
長野電鉄長野線の信州中野駅 - 中野松川駅間の吉田~飯山線踏切より撮影。
長野電鉄長野線の信州中野駅 - 中野松川駅間の第31号踏切より撮影。
中野松川駅(なかのまつかわえき)は、長野県中野市大字中野にある長野電鉄長野線の駅である。
中野松川駅構造は単式ホーム1面1線を有する地上駅。無人駅である。
長野電鉄長野線の中野松川駅 - 信濃竹原駅間の栗和田~一本木踏切(起点より27.696㎞)より撮影。
長野電鉄長野線の中野松川駅 - 信濃竹原駅間の山の神踏切(起点より28.537㎞)より撮影。
 長野電鉄1000系電車(ながのでんてつ1000けいでんしゃ)は、長野電鉄の特急形電車。老朽化した2000系の代替として、小田急電鉄で使用されていたロマンスカー10000形「HiSE」を、長野電鉄が無償で譲り受けた車両である。愛称は「ゆけむり」。車体は小田急時代の塗装を踏襲するが、計画の変更により小田急時代に「ワインレッド」であった部分については長野電鉄の「赤」に変更されている。小田急時代に6号車に設置されていた冷房装置などのサービス機器に電力を供給する補助電源装置は2号車に設置された。これ以外にも、長野電鉄仕様として信州中野駅 - 湯田中駅間の急勾配に対応するための抑速ブレーキの改造(主抵抗器の増強)、降雪期に備えて耐雪ブレーキやドアレールヒーターが装備などが施工されているが、外観においては編成の短縮以外に小田急時代と大きく変わるところはない。全車禁煙。外観同様、車内設備もおおむね小田急時代を保っている。1号車および4号車先頭部には展望席が小田急時代と変更なく存置されている。この部分はハイデッカー構造ではないため、ここをバリアフリー対応とすることで小田急時代より懸念されていた問題に対処した。これにより段差が障害となる旅客の乗車に問題はなくなった。ただし、この処置により展望室と一般客室の境にあった補助椅子は使用不可能となっている。座席は展望席を含め全て自由席。その他設備のうち、トイレと洗面所は車両基地に対応設備が無く、これらを設置した中間車を譲渡時に廃車することで廃したため、設置されていない。本形式はワンマン設備を持たないため、長野電鉄で唯一車掌の乗務を必要とする形式となっている。このため、グッズ類などの車内販売が行われ、また駅への到着放送も小布施駅は「次は『栗と北斎の町』小布施でございます」、須坂駅は「次は『蔵の町』須坂でございます」、信州中野駅は「次は『土人形の町』信州中野でございます」など観光客を意識した内容で行われている。小田急時代に受賞した鉄道友の会ブルーリボン賞の記念プレートは存置されている。
長野電鉄長野線の中野松川駅 - 信濃竹原駅間のかしわ森踏切(起点より29.079㎞)より撮影。
長野電鉄長野線の中野松川駅 - 信濃竹原駅間の信濃竹原駅踏切より撮影。
信濃竹原駅(しなのたけはらえき)は、長野県中野市大字竹原にある長野電鉄長野線の駅。
 信濃竹原駅構造は相対式ホーム1面2線を有する地上駅。有人駅であったが、現在は無人駅であり、駅舎も封鎖されている。 駅舎脇からはホームに入ることはできず、中野松川方の出入口からホームへ入る構造になっている。
長野電鉄長野線の信濃竹原駅 - 夜間瀬駅間のパルプ踏切より撮影。
夜間瀬橋梁。 長野電鉄3500系・3600系電車動画リンク
1000系愛称「ゆけむり」動画リンク 2100系愛称「スノーモンキー」動画リンク
長野電鉄長野線の信濃竹原駅 - 夜間瀬駅間の久袮下踏切より撮影。
長野電鉄長野線の信濃竹原駅 - 夜間瀬駅間の町浦踏切より撮影。
夜間瀬駅(よませえき)は、長野県下高井郡山ノ内町大字夜間瀬にある長野電鉄長野線の駅。
夜間瀬駅構造は単式ホーム1面1線を有する地上駅。かつては有人駅だったが、現在は無人駅である。
長野電鉄長野線の夜間瀬駅 - 上条駅間の部谷沢踏切より撮影。
長野電鉄長野線の夜間瀬駅 - 上条駅間の本郷和田踏切(起点より30.758㎞)より撮影。
長野電鉄長野線の夜間瀬駅 - 上条駅間の上条農免踏切より撮影。
長野電鉄長野線の夜間瀬駅 - 上条駅間の下手荒屋踏切より撮影。
上条駅(かみじょうえき)は、長野県下高井郡山ノ内町大字平穏にある長野電鉄長野線の駅。
上条駅構造は単式ホーム1面1線を有する地上駅。かつては有人駅だったが、現在は無人駅である。
長野電鉄長野線の上条駅 - 湯田中駅間の大関踏切(起点より32.178㎞)より撮影。
 湯田中駅(ゆだなかえき)は、長野県下高井郡山ノ内町大字平穏にある長野電鉄長野線の駅。同線の終着駅である。標高599.76mで、長野電鉄線の最高地点に位置する。湯田中温泉の最寄り駅であると共に、志賀高原への玄関口。1998年2月の長野オリンピック開催直前に駅名を「志賀高原駅」に改称する計画もあったが、地元の温泉組合を中心とした反対で白紙撤回されている。
 旧1番線側にある旧駅舎を活用した「湯田中駅前温泉 楓の湯(かえでのゆ)」(日帰り入浴施設)がある。同施設の休憩室の窓からはホームを見渡すことができる。駅前には足湯も存在する。駅周辺には湯田中温泉や新湯田中温泉などの湯田中渋温泉郷の温泉が広がっている。
 湯田中駅構造は単式ホーム1面1線を有する地上駅で、有人である駅舎には、駅務室、待合室、観光案内所などがあり、自動券売機(タッチパネル式2台、ボタン式1台)が設置されている。以前は2面2線の相対式ホームを持っていて、通常は2番線のみを使用していた。構内には留置線を有していた。かつて、当駅から渋温泉近くの渋・安代方面へ延長(設置駅は遊園地駅と渋安代駅)する計画があり、鉄道敷設免許も二度にわたり交付されたものの、用地買収などが難航し、着工できないまま免許は失効している。長野駅からの特急のうち、殆どのB特急は信州中野駅で湯田中行きと接続する。列車到着時には「美わしの志賀高原」(作詞:西沢爽/作曲:古賀政男/歌:岡本敦郎)がホームに流れる。一方発車時にはこれと対照的に、早目の電子音ブザーが繰り返し鳴る。
 かつて、3両編成で平坦な場所にあるホームに3両分を入れるため、駅の奥にある県道の踏切を乗り越え、かつ約200mの延長線を走ってからスイッチバックをして入線するという珍しい駅だった。これは、駅が40‰の勾配を登りきった所にあって、信州中野方へ平坦な場所でホームを延長することが困難であり、またそのままでは駅の奥にある県道の踏切に先頭車がかかったためである。なお、2両編成ならそのまま入線しても全長がホームにかかったためスイッチバックは行われなかった。2006年9月1日 - 30日に行われた大規模改修工事(期間中は区間運休となりバスで代行輸送)により、このスイッチバックは解消され、ホームは現在の構造となり、駅の奥の踏切と約200mの延長線も廃止された。スイッチバック廃止の理由は、12月9日に営業運転を開始する1000系の運転席の位置や構造上に支障があり、スイッチバックが困難となるからである。
 長野電鉄2100系電車(ながのでんてつ2100けいでんしゃ)は、長野電鉄の特急形電車。 老朽化した2000系電車の代替として東日本旅客鉄道(JR東日本)253系電車を譲り受けた車両である。愛称は「スノーモンキー」。ワンマン仕様に変更のほか、前面貫通扉を塞ぎ非貫通仕様に改造施工された。 しかし、近年入線している1000系・8500系同様、塗装等、おおむねの外観はオリジナル状態を保っており、ヨーダンパ・行先案内装置など種車からそのまま踏襲された設備が多い。 外観上目立つ相違点は「N'EX」ロゴの撤去・「snow monkey」ロゴの貼付や細部標記の変更等に留まっている。
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