更新日時 2017年03月26日

廃線探索 同和鉱業片上鉄道
 同和鉱業片上鉄道は、かつて岡山県備前市の片上駅から久米郡柵原町(現美咲町)の柵原駅までを結んでいた同和鉱業(現:DOWAホールディングス)の鉄道路線である。1991年6月30日まで営業を行っていた。吉井川の川舟(高瀬舟)に代わり柵原鉱山で産出される硫化鉄鉱を片上港まで輸送する目的で建設され、1923年1月に片上 - 和気間が開業した。次いで8月に和気 - 備前矢田 - 井ノ口(貨)間が開業。1931年2月、井ノ口 - 柵原間が開業し(井ノ口駅は廃止)全線開通した。柵原鉱山からの鉱石輸送のほかに旅客営業も行われ、沿線住民の足にもなっていた。鉱石輸送が主体であったため交換駅の有効長は長く、しかもPC枕木を使用するなど地方鉄道としては高い規格の線路を有していた。その高規格の線路の上を戦前生まれの旧型気動車が闊歩する姿はユニークでもあった。特に、現在も整備・動態保存されているキハ303(旧番号キハ3003←国鉄キハ41071)は、気動車としては現役最後の国鉄キハ41000形としてその名が知られており、動態で保存されている気動車の中で日本最古である。
同和鉱業片上鉄道
片上駅 - 清水駅 - 中山駅 - 和気駅 - 本和気駅 - 益原駅 - 天瀬駅 - 河本駅 - 備前矢田駅 - (貨)井ノ口駅 - 苦木駅 - 杖谷駅 - 備前塩田駅 - 備前福田駅 - 周匝駅 - 美作飯岡駅 - 吉ヶ原駅 - 柵原駅
 @片上駅(かたかみえき)は、かつて岡山県備前市西片上にあった同和鉱業片上鉄道の駅。同鉄道の廃線とともに廃駅となった。同和鉱業片上鉄道の起点として存在した駅。片上鉄道はもともと、柵原駅近くにある硫化鉄鉱山、柵原鉱山から産出される鉱石を、瀬戸内海に面した片上港へ輸送するために敷設された。そのため貨物駅の色合いが濃く、広い構内の駅には車庫や貨物ヤードが多く存在したものの、旅客ホームはその端に1本あるだけであった。
 @駅舎や車庫をはじめ大半の施設は撤去され、跡地にはマックスバリュとデオデオ備前店が建っており往時の雰囲気は薄れている。しかし駅前のロータリーのほか、操車場跡の西側にあった、鉱石の貯鉱上屋内のカーダンパーへ到る勾配線跡付近にある、起点を示す0キロポストが今でも残っている。
 @国鉄DD13形ディーゼル機関車は、日本国有鉄道(国鉄)が製造した入換用液体式ディーゼル機関車である。外観はDD11形およびDD12形と同様に、2台のエンジンの間に運転室を設けた凸形のセンターキャブ形状である。2台のエンジン(液体変速機)からの出力は、一旦運転席床下に設置された逆転機に集められ、その後2台の台車に振り分けられる構造となっている。DD13形 - DD13-552。
A同和鉱業片上鉄道の片上駅 - 清水駅間の廃線跡。
A2016年6月30日に備前市が設置。
AC11-101とC11-102(片上機関区) ADD13-551(第2吉井川橋梁)
B同和鉱業片上鉄道の片上駅 - 清水駅間の廃線跡。
C同和鉱業片上鉄道の片上駅 - 清水駅間の廃線跡。
D同和鉱業片上鉄道の片上駅 - 清水駅間の廃線跡。片上小学校脇。
E同和鉱業片上鉄道の片上駅 - 清水駅間の廃線跡。山陽新幹線の高架下。
F同和鉱業片上鉄道の片上駅 - 清水駅間の廃線跡。
G同和鉱業片上鉄道の片上駅 - 清水駅間の峠清水トンネル。片上駅側。201.8m。
G同和鉱業片上鉄道の片上駅 - 清水駅間の峠清水トンネル。清水駅側。
H同和鉱業片上鉄道の片上駅 - 清水駅間の峠清水トンネル。
 I清水駅(しみずえき)は岡山県和気郡和気町清水に位置していた同和鉱業片上鉄道の駅(廃駅)である。1面1線の有人駅(後に無人駅となる)で、小さな木造の駅舎があった。かつては交換可能駅で、長編成の貨物列車も停車できるようになっていた。 ホームは互い違いに配置され、構内通路で連絡されており、片上方には安全側線が設置されていた。
 J中山駅(なかやまえき)は岡山県和気郡和気町大中山に位置する同和鉱業片上鉄道の駅(廃駅)である。1面1線の無人駅で、木造の簡易待合室がある駅であった。駅跡は左写真の白い建物あたり。
K同和鉱業片上鉄道の中山駅 - 和気駅間の廃線跡。上新田橋。この桁の高さの橋梁は当時のもの。
L同和鉱業片上鉄道の中山駅 - 和気駅間の廃線跡。山陽自動車道の高架下。
M同和鉱業片上鉄道の中山駅 - 和気駅間の廃線跡。
N同和鉱業片上鉄道の中山駅 - 和気駅間の廃線跡。
O同和鉱業片上鉄道の中山駅 - 和気駅間の廃線跡。
 P和気駅(わけえき)は、岡山県和気郡和気町福富にある、西日本旅客鉄道(JR西日本)山陽本線の駅である。駅構内には、運転取り扱い業務に携わるJR西日本岡山支社管内の社員の訓練を行う「実設訓練センター」がある。岡山方面からの普通列車の半数近くが当駅で折り返しとなる。当駅から先、相生・姫路方面へ向かう列車は毎時1本になる。1991年までは、同和鉱業片上鉄道との接続駅であった。
 P和気駅構造は単式・島式の複合型2面3線のホームを持つ、中線待避構造の地上駅。駅舎は1番のりば側にあり、島式の2・3番のりばへは跨線橋で連絡している。通常は1・3番のりばのみが使用され、2番のりばは当駅折返し列車や、当駅で特急を待避する列車が使用する。かつては片上鉄道の島式ホームがさらに1面あった。同線の廃止後はほとんどの施設が撤去され、現在はJR西日本社員の訓練に使われる踏切や信号機付きの線路2線が整備されており、実際の車両を使った訓練が1ヶ月に1回程度行われている。便所は、改札外・改札内ともに男女別の水洗式便所がある。
Q同和鉱業片上鉄道の和気駅 - 本和気駅間の廃線跡。
R同和鉱業片上鉄道の和気駅 - 本和気駅間の廃線跡。山陽本線を跨ぐ橋梁。
R同和鉱業片上鉄道の和気駅 - 本和気駅間の廃線跡。山陽本線を跨ぐ橋梁。
R同和鉱業片上鉄道の和気駅 - 本和気駅間の廃線跡。金剛川を渡る金剛川橋梁。
R金剛川橋梁の銘板。 R片鉄ロマン街道の掲示写真。
S同和鉱業片上鉄道の和気駅 - 本和気駅間の廃線跡。
@同和鉱業片上鉄道の和気駅 - 本和気駅間の廃線跡。
 A本和気駅(ほんわけえき)は岡山県和気郡和気町和気に位置していた同和鉱業片上鉄道の駅(廃駅)である。
 A本和気駅は1面1線の無人駅で、かつては交換可能駅であった。ホームおよび駅舎は撤去され、跡地には駅名標(レプリカ)が設置されている。
B同和鉱業片上鉄道の本和気駅 - 益原駅間の廃線跡。
C同和鉱業片上鉄道の本和気駅 - 益原駅間の廃線跡。
 C益原駅(ますばらえき)は岡山県和気郡和気町益原に位置していた同和鉱業片上鉄道の駅(廃駅)である。
 C益原駅構造は1面1線の地上駅で木造の駅舎があった。事務室部分は昭和50年代に一時、同和工営株式会社(同和鉱業子会社、2008年解散)が受注した益原地内の堤防工事現場事務所として使用されたことがあった。片上駅跡にD13-552と保存されていたワム1805を益原駅跡(和気交通公園)に移設。
D同和鉱業片上鉄道の益原駅 - 天瀬駅間の廃線跡。
E同和鉱業片上鉄道の益原駅 - 天瀬駅間の廃線跡。
F同和鉱業片上鉄道の益原駅 - 天瀬駅間の廃線跡。
 G天瀬駅(あませえき)は岡山県和気郡佐伯町(現・和気町)岩戸に位置していた同和鉱業片上鉄道の駅(廃駅)である。駅構造は地上駅で、木造の駅舎があった。交換可能駅で、朝に客車列車と気動車の交換が行われていた。また、長編成貨物列車の停車に対応するため、線路有効長が長くなっていた。交換可能駅のため、1面2線の構造となっていた。
H同和鉱業片上鉄道の天瀬駅 - 河本駅間の廃線跡。
I同和鉱業片上鉄道の天瀬駅 - 河本駅間の廃線跡。
J同和鉱業片上鉄道の天瀬駅 - 河本駅間の廃線跡。天神山第1号トンネル。40.23m。
J同和鉱業片上鉄道の天瀬駅 - 河本駅間の廃線跡。天神山第1号トンネル。40.23m。
J同和鉱業片上鉄道の天瀬駅 - 河本駅間の廃線跡。天神山第2号トンネル。26.94m。
J同和鉱業片上鉄道の天瀬駅 - 河本駅間の廃線跡。天神山第2号トンネル。26.94m。
 K河本駅(こうもとえき)は岡山県和気郡佐伯町(現・和気町)岩戸に位置していた同和鉱業片上鉄道の駅(廃駅)である。1面1線の地上駅で、木造の駅舎をもっていた。現在は、地区の集会所が建っているが、駅前の桜の木が残っている。
L同和鉱業片上鉄道の河本駅 - 備前矢田駅間の廃線跡。
 M備前矢田駅(びぜんやたえき)は岡山県和気郡佐伯町(現・和気町)矢田に位置していた同和鉱業片上鉄道の駅(廃駅)である。
 M備前矢田駅は2面2線の地上駅で、中線のある交換可能駅であった。赤い屋根の駅舎があり、肥料の積み出し駅であった。
N同和鉱業片上鉄道の備前矢田駅 - (貨)井ノ口駅間の廃線跡。
O同和鉱業片上鉄道の備前矢田駅 - (貨)井ノ口駅間の廃線跡。
P同和鉱業片上鉄道の(貨)井ノ口駅跡。
Q同和鉱業片上鉄道の(貨)井ノ口駅 - 苦木駅間の廃線跡。
R同和鉱業片上鉄道の(貨)井ノ口駅 - 苦木駅間の廃線跡。
S同和鉱業片上鉄道の(貨)井ノ口駅 - 苦木駅間の廃線跡。
 @苦木駅(にがきえき)は岡山県和気郡佐伯町(現・和気町)苦木に位置していた同和鉱業片上鉄道の駅(廃駅)である。駅構造は1面1線の無人駅で地上駅である。木造の駅舎がある。開業当初は2面2線の構造を持つ交換駅で、有人駅であった。反対側のホームが片鉄ロマン街道開通前に撤去されるまで残されていた。
A同和鉱業片上鉄道の苦木駅 - 杖谷駅間の廃線跡。
B同和鉱業片上鉄道の苦木駅 - 杖谷駅間の廃線跡。
C同和鉱業片上鉄道の苦木駅 - 杖谷駅間の廃線跡。
 D杖谷駅(つえたにえき)は岡山県和気郡佐伯町(現・和気町)苦木に位置していた同和鉱業片上鉄道の駅(廃駅)である。1面1線の無人駅である。また、民家の庭先が駅になっていることで有名だった。ホームや隣接していた民家は完全に撤去され、現在、跡地は和気・赤磐共同コンポストセンター(廃棄物処理施設)になっている。
E同和鉱業片上鉄道の杖谷駅 - 備前塩田駅間の廃線跡。
 F備前塩田(びぜんしおたえき)は岡山県和気郡佐伯町(現・和気町)塩田に位置していた同和鉱業片上鉄道の駅(廃駅)である。2面2線の地上駅で交換可能駅だが、廃線時は無人駅であった。 かつては貨物扱いがあったため、片上方に貨物側線が残っており、貨物扱い廃止後から全線廃止までは保線材料線として使用されていた。また、当駅から終点の柵原駅までは赤い三角屋根の駅舎である。当駅と備前福田駅は浅い三角屋根、周匝駅以遠は深い三角屋根になっていた。
G同和鉱業片上鉄道の備前塩田駅 - 備前福田駅間の廃線跡。
H同和鉱業片上鉄道の備前塩田駅 - 備前福田駅間の廃線跡。川の中に橋台跡が残る。
I同和鉱業片上鉄道の備前塩田駅 - 備前福田駅間の廃線跡。
 J備前福田駅(びぜんふくだえき)は岡山県赤磐郡吉井町(現・赤磐市)福田にあった同和鉱業片上鉄道の駅(廃駅)である。1面1線の地上駅で、備前塩田駅と同様の、赤い三角屋根の駅舎をもつ。かつては交換可能駅でもあった。廃線後、駅舎は解体され、ホームは駐車場として再利用されていたが、廃線跡を利用した農道の開通に伴い撤去され、跡形も無くなっている。
K同和鉱業片上鉄道の備前福田駅 - 周匝駅間の廃線跡。滝川を渡る橋梁が有った。
K同和鉱業片上鉄道の備前福田駅 - 周匝駅間の廃線跡。滝川を渡る橋梁が有った。
L同和鉱業片上鉄道の備前福田駅 - 周匝駅間の廃線跡。
 M周匝駅(すさいえき)は岡山県赤磐郡吉井町(現・赤磐市)周匝に位置していた同和鉱業片上鉄道の駅(廃駅)である。1面1線の有人駅で、柵原駅や吉ヶ原駅のような赤い三角屋根の駅舎をもつ。かつては交換可能駅だったが、後に交換設備は撤去された。廃止まで対向のホームが残存していた。
 M鉄道路線廃止後、道路の拡張工事が行われたため、駅舎と線路が撤去された。現在は道路の一部となっている。現在も貨物ホーム及び貨物上屋が材木店の一部として残っている。
N同和鉱業片上鉄道の周匝駅 - 美作飯岡駅間の廃線跡。
 O同和鉱業片上鉄道の周匝駅 - 美作飯岡駅間の廃線跡。片上鉄道の境界杭は旧国鉄の境界杭に似ているが、片上鉄道の社章がレールを模したものである為であろう。
P同和鉱業片上鉄道の周匝駅 - 美作飯岡駅間の廃線跡。
P同和鉱業片上鉄道の周匝駅 - 美作飯岡駅間の廃線跡。吉井川に架かる飯岡橋。
Q同和鉱業片上鉄道の周匝駅 - 美作飯岡駅間の廃線跡。吉井川に架かる飯岡橋。
 R美作飯岡駅(みまさかゆうかえき)は岡山県久米郡柵原町(現・美咲町)飯岡(ゆうか)に位置していた同和鉱業片上鉄道の駅(廃駅)である。1面1線(以前は2面2線)の無人駅で、隣接する旧吉ヶ原駅と同じ三角屋根の駅舎をもつ。駅舎と線路は撤去されているものの、ホーム跡は残っている。
R同和鉱業片上鉄道の美作飯岡駅 - 吉ヶ原駅間の廃線跡。踏切跡にレールが残る。
S同和鉱業片上鉄道の美作飯岡駅 - 吉ヶ原駅間の廃線跡。
@同和鉱業片上鉄道の美作飯岡駅 - 吉ヶ原駅間の廃線跡。
@同和鉱業片上鉄道の美作飯岡駅 - 吉ヶ原駅間の廃線跡。橋台が残る。
@同和鉱業片上鉄道の美作飯岡駅 - 吉ヶ原駅間の廃線跡。橋台が残る。
A同和鉱業片上鉄道の美作飯岡駅 - 吉ヶ原駅間の廃線跡。道路に転用されている。
B同和鉱業片上鉄道の美作飯岡駅 - 吉ヶ原駅間の廃線跡。歩道部分が廃線跡。
C同和鉱業片上鉄道の美作飯岡駅 - 吉ヶ原駅間の廃線跡。歩道部分が廃線跡。
D同和鉱業片上鉄道の美作飯岡駅 - 吉ヶ原駅間の廃線跡。
 E吉ヶ原駅(きちがはらえき)は岡山県久米郡柵原町(現・美咲町)吉ヶ原に位置していた同和鉱業片上鉄道の駅(廃駅)である。
 E吉ヶ原駅構造は三角屋根の木造の駅舎をもつ有人駅だったが、最晩年は駅員配置は朝夕のみで昼は無人駅となっていた。2面3線の相対式ホームをもつほか、貨物ホームや詰所、操車場があった。旧吉ヶ原駅は駅舎より片上方の線路は全て撤去されていたが一部配線を変更して復元され柵原ふれあい鉱山公園の一施設となっており、展示運転の駅舎として現役で使用されている。当駅から中鉄バスの路線バスが津山駅との間を結んでいて、同鉄道の路線図にもこの路線が掲載されていた。2010年5月現在も中鉄北部バスによって運行は続けられている。
 E国鉄DD13形ディーゼル機関車は、日本国有鉄道(国鉄)が製造した入換用液体式ディーゼル機関車である。外観はDD11形およびDD12形と同様に、2台のエンジンの間に運転室を設けた凸形のセンターキャブ形状である。2台のエンジン(液体変速機)からの出力は、一旦運転席床下に設置された逆転機に集められ、その後2台の台車に振り分けられる構造となっている。DD13形 - DD13-551。
Eオハ35 1227とホハフ2003。
 Eキハ702(旧番号キハ07 5)は流線形の原型を保った貴重な国鉄キハ42000形である。原型を保ったキハ42000形は現在、全国的に見ても現存車両が2両しかなく、一部を改造(前照灯のシールドビーム化・液体変速機化)されてはいるが、原型で動態のものはキハ702のみであり、動態で保存されている気動車の中では日本で2番目に古い。
 Eホハフ2004。和気以北では吉井川に沿い、客車列車(主に混合列車)も運転されていた。地元や鉄道ファンはその客車の色から「ブルートレイン」と呼んでおり、自社発注のホハフ2000形(昭和25年・ナニワ工機製)と国鉄から購入したホハフ3000形(旧オハ35)が使用されていた。
E自社発注でキハ41000形に似た形態で張上げ屋根・正面2枚窓のキハ312も動態で保存されている。
 E現在も整備・動態保存されているキハ303(旧番号キハ3003←国鉄キハ41071)は、気動車としては現役最後の国鉄キハ41000形としてその名が知られており、動態で保存されている気動車の中で日本最古である(また、唯一動態で保存されているキハ41000形でもある)。
 Eトラ814:1955年、岡山県内の「中国工業」というメーカーで造られた無蓋車です。硫化鉄鋼の需要の伸びと共に積載量が18トンに強化されました。SL廃止後の貨物列車は、これらの貨車を最大37両連結し、ピストン輸送に充てられました。
 Eワフ102:昭和51年(1976年)それまでの木造客車改造の車掌車(ニフ)が老朽化したため、旧国鉄からワフ220061947年日本車輌製を購入、両デッキ式に改造して使用しました。貨物列車の最後尾に連結され、連結手や車掌が乗っていましたが、昭和61年の車掌車連結廃止に伴い、鉄道廃止まで殆ど使われていませんでした。トラ840:1962年に帝国車輌で、18トン積みの貨車として最後に新製された1両です。和気から山陽本線軽油で岡山臨港鉄道(1984年廃止)南岡山の製錬所まで、陸路鉱石を輸送しました。なお「帝国車輌」は今は有りません。トム519:戦前から戦後にかけて、多数の蒸気機関車を中心とした鉄道車輌を製造した「汽車会社」の岡山工場で、1949年に造られた、経歴の珍しい貨車です。柵原鉱山の硫化鉄鋼を15トン積載しました。側面の中央付近に側板がたわむのを防ぐために、鉄の棒を引っかける穴が開いています。尚、「汽車会社」は今は有りません。
F同和鉱業片上鉄道の吉ヶ原駅 - 柵原駅間の廃線跡。
G同和鉱業片上鉄道の吉ヶ原駅 - 柵原駅間の廃線跡。
H同和鉱業片上鉄道の吉ヶ原駅 - 柵原駅間の廃線跡。
J同和鉱業片上鉄道の吉ヶ原駅 - 柵原駅間の廃線跡。
K同和鉱業片上鉄道の吉ヶ原駅 - 柵原駅間の廃線跡。
L同和鉱業片上鉄道の吉ヶ原駅 - 柵原駅間の廃線跡。
 M柵原駅(やなはらえき)は、岡山県久米郡柵原町(現・美咲町)吉ヶ原にあった同和鉱業片上鉄道の駅(廃駅)である。片上鉄道の敷設目的は、ここから産出される硫化鉄の輸送を、瀬戸内海に面した片上港(片上駅)まで行うことであった。
 M柵原駅構造は1面3線の有人駅で、赤い三角屋根の駅舎をもつ、地上駅。柵原駅のすぐ横に同和鉱業柵原鉱業所があり、貨車に鉱石がすぐ積み込めるよう、積込施設が配置されていた。構内には職員用の跨線橋や、貨車の留置線や計重台などがあり、最後まで蒸気機関車を使用していた時代の灰捨てピットが残っていた。最晩年は貨物輸送廃止に伴い完全無人化され、1面2線の構造に縮小された。
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