北陸本線旧線:敦賀と今庄の間には海抜762mの鉢伏山がそびえ、その鞍部である木ノ芽峠(海抜628m)は、古くから北陸道の隘路であった。北陸トンネル開通前の北陸本線敦賀〜今庄間(1896年開通)は、木ノ芽峠を避け、敦賀市の海岸部に近い杉津駅(すいづえき)を経由する山中峠ルートを採っていた。だがこの区間は、海岸の山麓を縫いながら4カ所のスイッチバックを擁して25‰の急勾配を上り下りする厳しい条件の単線区間であった。途中には3箇所の駅、3箇所の信号場、12箇所のトンネルも存在し、列車の行き違いにも時間を要した。眺望こそ優れた区間であったが、速度や輸送力、列車本数(急勾配の単線区間であるゆえ、列車本数に限りがあった)の面で、重要幹線である北陸本線にとってのネックとなっていた。 勾配の厳しさのみならず、地盤の脆弱さによる崖崩れ、冬期には雪国特有の深刻な雪害にも悩まされていた。1962年には全長13,870mの北陸トンネルが開通し、敦賀 - 今庄間が新線に切り替えられ、杉津経由の旧線は無事故を記録したまま廃止された。
廃止区間 敦賀 - 今庄間(1962年廃止、俗称:杉津線もしくは山中線)
敦賀駅 (0.0km) - 深山信号場 (2.3km) - 新保駅 (5.9km) - 葉原信号場 (9.3km) - 杉津駅 (12.9km) - 山中信号場 (17.8km) - 大桐駅 (21.1km) - 今庄駅 (26.4km)
Q第二観音寺隧道(今庄側)
R第二観音寺隧道(敦賀側)
R第一観音寺隧道(今庄側)
S第一観音寺隧道(敦賀側)トンネル内から敦賀側の景色を撮るのを忘れた。
S北陸本線旧線の廃線跡。  @北陸本線旧線の廃線跡は高速道路の反対側へ。
@北陸本線旧線の廃線跡は高速道路の反対側へ渡り、再び高速道路沿いに進み隧道へ。
A曽路地谷隧道(今庄側)
B曽路地谷隧道(敦賀側)
B鮒ヶ谷隧道(今庄側)
C鮒ヶ谷隧道(敦賀側)
D北陸本線旧線の廃線跡。
E葉原隧道(今庄側)
F葉原隧道(敦賀側)雪が凄くてピントが合わない(笑)
G北陸本線旧線の廃線跡。
H北陸本線旧線の廃線跡。
Iここから国道476号線へ。 I廃線跡は国道476号線に転用されている。
J北陸本線旧線の廃線跡は国道476号線に転用されている。
K北陸自動車道を潜り反対側へ。
L北陸トンネルの樫曲斜坑が残っている。 M廃線跡は左の旧道?
N国道476号線から右へ真っ直ぐ行ったところに北陸本線旧線の隧道が残っている。
N隧道の銘板が無いため、隧道名は不明(今庄側)
O敦賀側の隧道出口。照明が付いているが観光用?(笑)
O北陸本線旧線は国道476号線に転用され北陸道と交差している。
P北陸本線旧線は国道476号線に転用され北陸道と交差している。
Q北陸本線旧線は国道476号線に転用され北陸道と交差している。
R北陸本線旧線は国道476号線に転用され北陸道と交差している。
R北陸本線旧線は国道476号線に転用され北陸道と交差している。
S北陸隧道(北陸トンネル)碑。
S北陸本線旧線はここで北陸トンネルを抜けてきた北陸本線と合流する。
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更新日時 2010年03月05日

廃線探索 北陸本線旧線(敦賀-今庄)-2