廃線探索 城東貨物北線淀川貨物連絡線

更新日時 2011年02月05日

 城東貨物線(じょうとうかもつせん)は、片町線の鴫野駅から東海道本線の吹田駅および、おおさか東線の正覚寺信号場(JR長瀬駅 - 新加美駅間に設置)から関西本線の平野駅に至る貨物支線の通称で、この区間は単線となっている。また、鴫野駅から吹田駅までは直流電化されている。東海道本線 - 関西本線間の貨物輸送を大阪駅から城東線(現在の大阪環状線の東側=大阪駅 - 京橋駅 - 天王寺駅間)を経由して行うことは不利で、城東線の線路容量の都合もあることから、貨物輸送を城東線から分離するために計画され、1925年10月に着工し、1929年3月に吹田操車場(現在の吹田信号場) - 放出駅間が開通した。行き違いのため、鴫野駅 - 吹田駅間に都島信号場が設けられていたが廃止され、鴫野駅から淀川駅に至る通称淀川貨物線が分岐し、1982年に淀川駅が廃止された後も淀川電車区(初代)への連絡線として残っていたが、同電車区の移転に伴い1985年に廃止された。JR西日本が第一種鉄道事業者であるが、おおさか東線となった区間以外では旅客列車は運行せず、第二種鉄道事業者であるJR貨物が吹田信号場から大阪市平野区にある百済駅まで貨物列車を運行しているほか、東大阪市の徳庵駅近くにある近畿車輛で製造された鉄道車両の輸送に使われている。鴫野駅 - 吹田駅間の淀川に架かる城東貨物線淀川橋梁(赤川鉄橋)は複線用の橋梁として架橋されたが、長らく片側の1線だけが使われ、もう片側が歩道になっている(鉄道道路併用橋)。だが、おおさか東線開業後は同鉄橋も複線として使用を開始する予定があり、同鉄橋と並行して大阪市が新たに人道橋を建設する計画もある。
@城東貨物北線(通称:淀川貨物線)亀岡街道踏切より撮影。
 @城東貨物線淀川橋梁(じょうとうかもつせんよどがわきょうりょう)は、大阪市東淀川区東淡路と、都島区大東町を結ぶ淀川に架かる、西日本旅客鉄道(JR西日本)城東貨物線の鉄道橋である。通称は赤川鉄橋、地元では「じゅうはちもんてっきょう」、「あかがわのてっきょう」とも呼ぶ。
 @本橋は複線の幅を持つが、現在に至るまで下流側の単線で運行している。余った上流側のスペースには、自転車や歩行者の専用橋として木造の赤川仮橋が架かる。2018年(平成30年)予定のおおさか東線(北梅田 - 放出)の開業により、本橋を含む城東貨物線は複線電化して旅客線に転換され、一つの橋に鉄道橋と人道橋の二面を併せ持つ珍しい風景もなくなる予定である。その際には代替の人道橋が平行して架設される予定であるが、現在のところ詳細は未定である。
A形式 複線下路ワーレントラス 橋長 610.739m(延長597m・幅8m50cm:東淀川区史による)
  径間 31.619m 橋脚中心間隔 34.058m 径間数 18連 完成 1929年(昭和4年)3月15日 設計 鉄道省
B赤川橋梁のこの付近が、行き違いの為の鴫野駅 - 吹田駅間の都島信号場(廃止)
C城東貨物北線淀川貨物連絡線跡、巽信号場付近。1982年(昭和57年)11月15日廃止。
C城東貨物北線淀川貨物連絡線跡。1982年(昭和57年)11月15日:淀川駅 - 巽信号場廃止。
D城東貨物北線淀川貨物連絡線跡。1982年(昭和57年)11月15日:淀川駅 - 巽信号場廃止。
D城東貨物北線淀川貨物連絡線跡。1982年(昭和57年)11月15日:淀川駅 - 巽信号場廃止。
E城東貨物北線淀川貨物連絡線跡。遊歩道に転用されている。
E城東貨物北線淀川貨物連絡線跡。遊歩道に転用されている。
F城東貨物北線淀川貨物連絡線跡。京阪本線の下を潜る。
G城東貨物北線淀川貨物連絡線跡。
H城東貨物北線淀川貨物連絡線跡。
I城東貨物北線淀川貨物連絡線跡。
J城東貨物北線淀川貨物連絡線跡。
J城東貨物北線淀川貨物連絡線跡。淀川連絡線跡遊歩道モニュメント。
J城東貨物北線淀川貨物連絡線跡。淀川連絡線跡遊歩道モニュメント。
K城東貨物北線淀川貨物連絡線跡。環状線からクロスする橋台跡。
K城東貨物北線淀川貨物連絡線跡。環状線からクロスする橋台跡。
L城東貨物北線淀川貨物連絡線跡。淀川駅(貨物)構内。
M城東貨物北線淀川貨物連絡線跡。淀川駅(貨物)構内。
N城東貨物北線淀川貨物連絡線跡。淀川駅(貨物)構内。
O城東貨物北線淀川貨物連絡線跡。淀川駅(貨物)構内。
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