更新日時 2010年07月24日
| 大宮線(おおみやせん)は、埼玉県川越市旧市街にあたる川越久保町駅と大宮市(現:さいたま市大宮区)の大宮駅とを結んでいた鉄道路線である。 大宮線を運営していた西武鉄道の前身、川越馬車鉄道(川越電気鉄道)は入間郡川越町内(現川越市)に埼玉県下で初めて電灯を灯した電気事業者でもある。 川越馬車鉄道(旧西武大宮線)は、1902年(明治35年)5月9日に第八十五銀行取締役の綾部利右衛門らの発起によって設立され、同日に開業した。設立時における役員構成は、取締役5名のうち社長の綾部をはじめ3名が川越町の商人であり、川越馬車鉄道は川越商人主導で経営されていた。 これにつづいて、綾部ら川越馬車鉄道の設立にかかわった川越商人たちは電気供給事業へ進出を目論見、資本金125,000円で川越電灯の設立を計画した。ただし、川越電灯の仮定款附則第58条の項目に「本社ハ川越馬車鉄道株式会社総会ニ於テ合併ノ決議ニ基キ、成立ノ上同会社ト合併シ川越大宮間ヲ電気鉄道株式会社ニ動力変更改設スル事」としていたように、設立当初から川越馬車鉄道との合併が予定されていた。実際に川越電灯は、明治36年(1903年)9月8日に設立されたあと、1903年9月26日に開催された川越馬車鉄道の臨時株主総会での合併決議を受け、同年10月21日に川越馬車鉄道と合併した。このように、別会社の設立による資金調達という方法で、綾部らは馬車鉄道の電化と電灯供給事業への進出を果たした。川越馬車鉄道の資本金は25万円となり、1903年(明治36年)12月には社名を川越電気鉄道と改称、翌1904年3月に電気鉄道の許可を得た。 こうして成立した川越電気鉄道は、1904年(明治37年)に入間郡川越町堅久保に常磐炭田の石炭を燃料とする埼玉県下初の100kW出力の発電機2基による川越火力発電所(出力260kW)を建設、直流200ボルト送電を開始し、翌年1月から川越町内431戸での電灯供給を開始した。 一方、川越-大宮間の電気鉄道は、1904年3月に営業許可を受け、1906年4月に開業した。これに伴い、1906年(明治39年)10月に大宮電灯を合併し、北足立郡大宮町及び周辺(現在のさいたま市大宮区、西区、北区)へと配電地域を拡げた。電灯電力事業はかなりの収益を上げ、1909年(明治42年)、出力900kWの水力発電所を秩父郡矢納村の神流川水系に建設して営業地域を埼玉県秩父地区や比企地区、群馬県南部へも拡張することを計画した。 この計画は、浅野総一郎ら資本家を加えた別会社で事業展開することになり、1913年(大正2年)、資本金70万円で神流川水力電気が設立され、同年に社名を武蔵水力電気と改称した。同年7月に川越電気鉄道から50kWを受電して武蔵水力電気は開業し、水力発電所の完成を受けて翌年12月に川越電気鉄道と武蔵水力電気は合併した。1922年(大正11年)6月、武蔵水力電気の電灯電力事業は帝国電灯に合併され、鉄軌道事業は武蔵鉄道に分離され(旧)西武鉄道に改称した。帝国電灯の電灯電力事業は現在では東京電力に統合されている。 最初の路線の開業の直前に社名を川越馬車鉄道から川越電気鉄道に変更していることから分かるように、馬車鉄道ではなく電気軌道(路面電車)で開業を果たした。電気鉄道の軌間に1372mmの馬車軌が採用されたのは東京市電に見習ったためだとされている。そのため車両は東京市電から払い下げられた車両を使用した。周囲の住民からはチンチン電車の愛称で呼ばれていた。 多くの区間は道路上に敷設される併用軌道で、川越久保町-大宮駅間を約45分で結んでいた。川越久保町駅から荒川河川敷付近(現在の荒川は蛇行部分をその後の河川改修で直線化されており、当時とはかなり違う)までは、一部を除き廃線跡は道路としてもあまり残っていない。一方、旧大宮市内は現在の埼玉県県道2号線と並行し、県道2号線と路線開通後に作られた国道17号線との交差点(桜木町交差点)からは大宮駅までを直線で結んでいた。荒川以東の路線跡は一部を除き現在でもほぼ道路として残っている。 1940年(昭和15年)に省線川越線が開業し、川越-大宮間を約29分で結ぶようになったことで西武大宮線は乗客が激減し、翌年に廃線となった。廃線後の2006年現在、西武バスの路線バスが本川越駅 - 川越グリーンパーク間、川越グリーンパーク - 大宮駅西口間で運行されている。 |
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| @ 川越火力発電所跡地:東京電力川越支社は、かっては川越火力発電所でした。明治37年(1904年)埼玉県下で初めての石炭火力発電所として100KW発電機2台を使用し、川越町での電灯供給を開始した。 川越電気鉄道:発電所で作られた電気を使い、明治39年10月には、川越〜大宮間を結ぶ電気鉄道が開通し、ちんちん電車の愛称で親しまれました。なお、駅の跡地は川越市立中央公民館となっています。 |
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| @ 10:26 川越市歯科予防センター | @ 10:26 歯科予防センターから東京電力方面へ |
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| @ 10:26 歯科予防センター大宮方面を見る | @ 10:26 このカーブが何とも言えない |
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| @ 10:26 カーブから東京電力(右側)を見る | @ 10:26 川越市中央公民館看板 |
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| @ 10:26 公民館の運動場が川越電気鉄道(西武大宮線)の車庫だった。 | |
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| @ 10:30 東京電力 川越電気鉄道看板 | @ 10:31 東京電力と公民館の間に線路が有った。 |
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| @ 10:32 東京電力駐車場 | @ 10:32 駐車場から歯科センター(右側)を見る |
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| @ 10:33 川越市歯科予防センター | @ 10:33 歯科予防センターから大宮方面を見る |
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| A 10:35 昔は道路兼用ではなくこの部分は専用の軌道であった。 | |
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| A 10:36 専用軌道部分 | |
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| A 10:37 ここから道路と兼用の軌道へ | A 10:38 大宮方面へ |
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| B 10:44 国道254号線交差点 赤間川 新琵琶橋 昭和33年5月竣工 | |
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| B 10:48 通行止めの橋(昔の川越電気鉄道の橋?) | B 10:49 元の橋はこれを渡っていた? |
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| B 10:49 元のルートはこの道のカーブ具合から左写真のPの部分に抜けていた? | |
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| B 10:52 橋の奥の通行止めの部分が旧橋 | C 10:56国道16号線の上江橋方面へ |
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| C 10:57 国道16号線との合流地点 | D 11:01 国道16号線から左の旧道へ |
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| D 11:02 旧道が川越電気鉄道の廃線跡? | D 11:03 コンビニの裏側の旧道 |
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| D 11:07 東京電力の鉄塔・・・川越電気鉄道(※後の東京電力)の跡地に鉄塔を建てた? | |
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| E 11:09 国道16号線の新二枚橋 他のホームページによるとこの部分に川越電気鉄道が通っていたようだ。 下の二枚橋の方が趣が有るが・・・ |
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| E 11:12 大正13年8月竣工の二枚橋橋梁 | |
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| E 11:12 二枚橋橋梁は2005年に炭素繊維、ガラス繊維で補強工事が行われた。単に新規に橋を造らず古い物を残すのは良いことだ。 | |
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| E 11:12 新二枚橋の橋台 | E 11:12 旧二枚橋の橋台 |
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| E 11:14 旧道 | F 11:14 旧道は国道16号線を横断する |
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| F 11:15 奥に見えるのが旧道 | F 11:18 国道16号線を渡ったところ。 |
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| G 11:19 再度、16号線を渡り、伊佐沼方面へ | |
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| G 11:20 伊佐沼方面へ | H 11:22 荒川右岸土地改良区 |
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| I 11:24 伊佐沼 | I 11:24 伊佐沼上に浮かぶ飛行船 |
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| J 11:27 伊佐沼から右方向へ | |
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| K 11:31 沼端の自警隊の鐘が見える | K 11:31 他の境界杭と明らかに大きさが違う 川越電気鉄道の境界杭か? |
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| K 11:32 旧沼端駅がこの辺に有った。 | |
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| L 11:35 | M 11:42 ここから右側へ |
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| M 11:42 右側へ | M 11:42 この部分が廃線跡? |
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| N 11:46 川越電気鉄道(西武大宮線)の遺構として唯一残っている橋台。 | |
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| N 11:46 大宮側橋台 | |
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| N 11:46 大宮側橋台 | |
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| N 11:46 川越側橋台 | |
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| N 11:46 アンカーボルトが残っている | N 11:46 この鉄骨はゴミ置き場の鉄骨 |
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| N 11:46 | N 11:46 境界杭と橋台跡 |
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| N 11:49 ここの生け垣の部分に川越電気鉄道(西武大宮線)が通っていた。ここの住人が生け垣の手入れをしていて聞きました。(この先のセブンイレブンの有る場所が旧黒須駅跡) | |
| 西武大宮線-2へ続く | |
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