更新日時 2018年12月18日

廃線探索 東野鉄道
 東野鉄道(とうやてつどう)は、かつて栃木県那須郡西那須野町(現・那須塩原市)の西那須野駅から同郡黒羽町(現・大田原市)の黒羽駅を経て同郡小川町(現・那珂川町)の那須小川駅までを結んでいた鉄道路線およびその運営会社である。黒羽 - 那須小川間は1939年に、西那須野 - 黒羽間が1968年に廃止された。会社は鉄道事業廃止後、社名を東野交通と改めバス専業となっている。1918年に西那須野 - 黒羽間で開業した東野鉄道は沿線の農作物の輸送や、太平洋戦争前は金丸原(現在の大田原市)の陸軍飛行場の軍事物資輸送を担っていた。1924年には八溝山地の木材輸送を目的として黒羽から那珂川に沿って南下し那須小川まで延伸されたが、日中戦争後の不況で黒羽 - 那須小川間は1939年には廃止された。那須小川から東進し茨城県大子まで延伸する計画もあったが果たせなかった。残る西那須野 - 黒羽間も、旅客・貨物輸送量の低下や災害復旧にかかる経費の問題から1968年に廃止された。
駅一覧
西那須野駅 - 乃木神社前駅 - 大高前駅 - 大田原駅 - 中田原駅 - 金丸原駅 - 白旗城跡前駅 - 黒羽駅 - 狭原駅 - 湯津上駅 - 笠石前駅 - 佐良土駅 - 那須小川駅
 @西那須野駅(にしなすのえき)は、栃木県那須塩原市永田町にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)東北本線(宇都宮線)の駅である。(2010年05月03日撮影)
 @西那須野駅構造は単式ホーム1面1線と島式ホーム2面2線、計2面3線の地上駅であるが2番線は使用されていない。橋上駅舎を有する。Suica対応自動改札機・みどりの窓口(営業時間 7:00 - 18:00)・指定席券売機設置駅(2010年05月03日撮影)
@東野鉄道西那須野駅跡(2018年08月18日撮影)
A東野鉄道の西那須野駅 - 乃木神社前駅間の廃線跡(2018年08月18日撮影)
B東野鉄道の西那須野駅 - 乃木神社前駅間の廃線跡(2010年05月03日撮影)
C東野鉄道の西那須野駅 - 乃木神社前駅間の廃線跡。ぽっぽ通り案内図(2010年05月03日撮影)
D東野鉄道の西那須野駅 - 乃木神社前駅間の廃線跡(2010年05月03日撮影)
E東野鉄道の西那須野駅 - 乃木神社前駅間の廃線跡(2010年05月03日撮影)
 F乃木神社前駅(のぎじんじゃまええき)は、栃木県那須郡西那須野町(現・那須塩原市)にあった東野鉄道の駅である。単式ホーム1面1線の地上駅。駅舎の屋根には千木を模した飾りが施され、乃木神社の神社建築を模している。屋根の飾りを取ると当時の標準的な駅舎でしかないが、飾りを乗せたことで、神社の入り口であることを示している。駅のホームは、全体は盛り土構造で、線路側は石材が積まれで作られており、この石材には大谷石が使われていた。戦後に延長された部分(乃木神社参道から奥方向)には、枕木で作られたホームが連なっていた。また、トイレは、ホームを下った奥にあった(2018年08月18日撮影)
 F折りたたみ自転車の重さが9.9sと軽量(製品名 FLYWAY9.9)お腹は気にしないでください(笑)
G東野鉄道の乃木神社前駅 - 大高前駅間の廃線跡(2010年05月03日撮影)
 H東野鉄道の乃木神社前駅 - 大高前駅間の廃線跡。息子が先頭を走ります。車掌は私です(笑)
(2010年05月03日撮影)
I東野鉄道の乃木神社前駅 - 大高前駅間の廃線跡。所々に汽車の車輪を模した柵があります。
 J大高前駅跡。ホームに線路が敷かれています。これを造った人はどういうセンスをしているのでしょうか(笑)大高前駅(だいこうまええき)は、栃木県大田原市にあった東野鉄道の駅である。駅構造は単式ホーム1面1線の地上駅。駅名の「大高」とは栃木県立大田原高等学校を指す略称である。この駅は大高の生徒が駅のない頃に機関車を無理矢理止めて乗車していたので、それで駅を造ることになったそうです。(元東野鉄道の最終列車の車掌談)(2018年08月18日撮影)
 K東野鉄道の大高前駅 - 大田原駅間の廃線跡。ぽっぽ通りには余りセンスの良いとは思えない彫刻が各所にあります。大高前駅跡のホームに線路を敷くセンスを見れば納得できます。
L東野鉄道の大高前駅 - 大田原駅間の廃線跡。動輪には製造の刻印が有ります。
L東野鉄道の大高前駅 - 大田原駅間の廃線跡。
 M東野鉄道の大高前駅 - 大田原駅間の廃線跡。ぽっぽ通りの終点です。ここからは東野鉄道の廃線跡は一般道に転用されています(2018年08月18日撮影)
 N大田原駅(おおたわらえき)は、栃木県大田原市にあった東野鉄道の駅(廃駅)である。東野鉄道の廃止に伴い1968年に廃止された。大田原駅構造は単式と島式の複合2面3線のホームを持つ地上駅だった。また貨物の取り扱いもしていた(2018年08月18日撮影)
 Nトライアル大田原店の場所が大田原駅跡の様だ(2010年05月03日撮影)
 Nトライアル大田原店が解体工事をしていた。1979年(昭和54年)に「アイアイタウン・エドヤ」が駅跡にオープン。1993年(平成5年)には大田原サティ(現・イオン)として再オープンしたものの、2003年(平成15年)10月に閉店。その後、2004年(平成16年)6月にスーパーセンタートライアル大田原店がオープンしたが、2014年(平成26年)5月に閉店した。かつて東野交通のバスターミナルとしても使用されていたが、現在では駅当時の面影は留めていない。併設されていた「大田原」停留所は、当地点に最後まで乗り入れていた宇都宮東武-大田原線の運行終了を持って廃止となった (2018年08月18日撮影)
 O東野鉄道の大田原駅 - 中田原駅間の廃線跡。東野鉄道の廃線跡の道路は一端、龍泉寺で遮断されるが、迂回するとその後も廃線跡は続く(2010年05月03日撮影)
O東野鉄道の大田原駅 - 中田原駅間の廃線跡。龍泉寺後も廃線跡は続く(2010年05月03日撮影)
O東野鉄道の大田原駅 - 中田原駅間の廃線跡。夏は雑草が行く手を阻む (2018年08月18日撮影)
 O東野鉄道の大田原駅 - 中田原駅間の廃線跡。藪が凄いので背中をかく息子(笑)
(2010年05月03日撮影)
 O東野鉄道の大田原駅 - 中田原駅間の廃線跡。最初は西口が目立って(銘板と思って)気がつかなかったがその上に大田原隧道と書いてある。(2010年05月03日撮影)
 O東野鉄道の大田原駅 - 中田原駅間の廃線跡。2010年には閉鎖されていたが、ドアが設置されている。隧道自体は市の管理と思われるが、この閉鎖プレートはホームセンターで買って来た感じなので個人が設置? (2018年08月18日撮影)
 O東野鉄道の大田原駅 - 中田原駅間の廃線跡。煉瓦のポータルは大田原駅側は4重巻きの煉瓦。入口に碍子が付いていますが、東野鉄道は電化されていなかったので通信用の碍子か?(2018年08月18日撮影)
 P東野鉄道の大田原駅 - 中田原駅間の廃線跡。蛇尾川側は5重巻きの煉瓦になっています。この断面の4重巻きと5重巻きの段差は何処から段差になっているのでしょうか?(2018年08月18日撮影)
P東野鉄道の大田原駅 - 中田原駅間の廃線跡。大田原隧道東口。(2018年08月18日撮影)
P東野鉄道の大田原駅 - 中田原駅間の廃線跡。息子は通れますが、メタボな私は通れません(笑)
(2010年05月03日撮影)
 P東野鉄道の大田原駅 - 中田原駅間の廃線跡。大田原隧道を抜けると、蛇尾川を渡る橋台が有ります。(2010年05月03日撮影)
 Q東野鉄道の大田原駅 - 中田原駅間の廃線跡。蛇尾川を渡ると看板が設置されていて、そこには東野鉄道の赤い鉄橋の蛇尾橋の写真がある。(2010年05月03日撮影)
Q対岸から東野鉄道の橋台を見る。 Q↑の写真の様に赤い鉄橋が架かっていた。
Rこの辺は蛇尾川を渡った後は築堤が続いていた様です。その為道路幅も広いですね。
 S旧中田原駅周辺?大田原駅から1.7kmなのでこの辺と思われるが、国土変遷アーカイブで確認しても場所が特定出来ませんでした。(2010年05月03日撮影)
@東野鉄道の中田原駅 - 金丸原駅間の廃線跡。直線が続く。(2018年08月18日撮影)
A東野鉄道の中田原駅 - 金丸原駅間の廃線跡。直線が続く。(2018年08月18日撮影)
 B東野鉄道の中田原駅 - 金丸原駅間の廃線跡。東野鉄道の廃線跡は北金丸交差点で一端、国道461号線(ライスライン)と合流するが、その後直ぐに、左側へとそれて国道と平行で進む。(2010年05月03日撮影)
 C東野鉄道の中田原駅 - 金丸原駅間の廃線跡。金丸跨線橋。1976年1月設置で、東野鉄道が1968年(昭和43年)12月16日 西那須野 - 黒羽間廃止なので廃止ので廃止後に跨線橋が設置された。(2018年08月18日撮影)
DJAなすの金丸が有る辺りが、旧金丸原駅跡と思われる。(2010年05月03日撮影)
E東野鉄道の金丸原駅 - 白旗城跡前駅間の廃線跡。(2018年08月18日撮影)
F東野鉄道の金丸原駅 - 白旗城跡前駅間の廃線跡。(2018年08月18日撮影)
 G旧白旗城跡前駅跡も国土変遷アーカイブを見ても位置が特定できないが、殆どが田圃で、昔も道が交差している場所はこの辺なので、この辺が駅跡と思える。(2018年08月18日撮影)
H東野鉄道の白旗城跡前駅 - 黒羽駅間の廃線跡。湯坂川に架かる境橋。(2018年08月18日撮影)
IJAなすのとコメリが有る場所が黒羽駅跡。(2010年05月03日撮影)
 I黒羽駅(くろばねえき)は、かつて栃木県那須郡黒羽町(現・大田原市)黒羽向町にあった東野鉄道の駅(廃駅)である。 大谷石の農業倉庫が解体されていた。(2018年08月18日撮影)
I黒羽駅跡は東野バスの車庫として利用されている。(2018年08月18日撮影)
J東野鉄道の黒羽駅 - 狭原駅駅間の廃線跡。湯坂川に残る橋台跡。(2010年05月03日撮影)
J東野鉄道の黒羽駅 - 狭原駅駅間の廃線跡。湯坂川に残る橋台跡。(2010年05月03日撮影)
K東野鉄道の黒羽駅 - 狭原駅駅間の廃線跡。用水路に小型の橋台跡。(2018年08月18日撮影)
K東野鉄道の黒羽駅 - 狭原駅駅間の廃線跡。用水路に小型の橋台跡。(2018年08月18日撮影)
L東野鉄道の黒羽駅 - 狭原駅駅間の廃線跡。(2018年08月18日撮影)
M旧狭原駅跡周辺?道が交差しているためこの辺が駅跡?(2018年08月18日撮影)
 N距離測定で計測すると黒羽駅から3.1q地点がこの辺で、民家等から湯津上駅跡と判断する。(2010年05月03日撮影)
O旧笠石前駅跡?段々怪しくなってきます(笑)(2010年05月03日撮影)
P東野鉄道の笠石前駅 - 佐良土駅間の廃線跡。(2018年08月18日撮影)
Q東野鉄道の笠石前駅 - 佐良土駅間の廃線跡。(2010年05月03日撮影)
R東野鉄道の佐良土駅跡。ホームの跡が残る。(2018年08月18日撮影)
 S東野鉄道の佐良土駅 - 那須小川駅駅間の廃線跡。橋台が残る左の写真が2010年05月03日撮影で右の写真が2018年08月18日撮影です。廃線探索が冬場お勧めなのがお解りでしょうか?
 @東野鉄道の佐良土駅 - 那須小川駅駅間の廃線跡。橋脚台が残る。左の写真が2010年05月03日撮影で右の写真が2018年08月18日撮影です。国道294号線の橋梁が2010年には無かったことが解る。
A東野鉄道の佐良土駅 - 那須小川駅駅間の廃線跡。(2018年08月18日撮影)
 B東野鉄道の佐良土駅 - 那須小川駅駅間の廃線跡。箒川を渡った後は、吉野工業所小川第二工場の前辺りを通っていたと思われる。(2010年05月03日撮影)
C東野鉄道の佐良土駅 - 那須小川駅駅間の廃線跡。現在の小川中学校の場所が那須小川駅跡。
(2010年05月03日撮影)
C東野鉄道の佐良土駅 - 那須小川駅駅間の廃線跡。現在の小川中学校の場所が那須小川駅跡。
(2018年08月18日撮影)
B東野鉄道の佐良土駅 - 那須小川駅駅間の廃線跡。現在の小川中学校の場所が那須小川駅跡。
(2010年05月03日撮影)
B東野鉄道の佐良土駅 - 那須小川駅駅間の廃線跡。現在の小川中学校の場所が那須小川駅跡。
(2018年08月18日撮影)
E東野交通営業所跡(2018年08月18日撮影) F東野鉄道のレリーフ(2018年08月18日撮影)
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