更新日時 2016年01月06日

廃線探索 秋保電気鉄道
 秋保電気鉄道(あきうでんきてつどう)は、かつて宮城県仙台市(現・同市太白区)の長町と同県名取郡秋保村(現・仙台市太白区秋保町)の秋保温泉を結んでいた鉄道である。略称は秋保電鉄(あきうでんてつ)。1961年(昭和36年)に全線が廃止された。長町から秋保温泉への旅客輸送と秋保石(凝灰岩の一種)の石材輸送を目的に、1914年(大正3年)に長町 - 秋保温泉間で馬車軌道として開業。時刻表による長町 - 秋保温泉間の所要時間は2時間20分程度であったが、馬の調子に依存して前後した(馬は会社ではなく馭者個人の所有)。電化を完了して以後は秋保電気鉄道として運営された。所要時間は1時間程度にまで短縮した。戦後は一度も新車が導入されないまま1953年(昭和28年)には経営が悪化、経営再建について宮城県と仙台市に協力を要請していた。そこで、仙台市は市内交通一元化と設備近代化のために、買収を計画する。かねてから設備の改善を仙台陸運局から指摘されていたことや、沿線である秋保村と生出村(双方ともに現、仙台市太白区)、秋保村観光協会から、秋保電鉄買収の請願を出されていたことも要因だった。仙台市交通局に統合、インターアーバンとして仙台市電と一体化して直通運転するという具体案も出ていた(長町駅に市電との連絡線を設け、電車の直通試験が行われたこともあったほか、買収価格や詳細も決まっていたという話もある)が、市議会で買収反対派の巻き返しに会い、買収案は否決された。後に仙南交通自動車に統合されて、社名が仙南交通となった。営業末期には仙台市南部の住宅地として造成が開始された頃で、朝夕は通勤客で賑わい温泉観光より通勤電車としての姿も見え始めており、本格的な高速鉄道への規格向上も検討されたが、結局は最後までトロリーポール集電、バッファ式連結器、通票閉塞方式だった。同時期、仙台市電は全車ボギー車、パンタグラフ集電化、自動信号化(トロリーコンタクターによるポイント操作)を完了していたが、秋保電鉄は設備近代化されることなく廃止されている。
駅一覧
長町駅 - 西多賀駅 - 鈎取駅 - 月ヶ丘駅 - 旗立駅 - 太白山駅 - 萩の台駅 - 茂庭駅 - 北赤石駅 - 磊々峡駅(らいらいきょう)- 秋保温泉駅
@昔の写真は株式会社交通新聞社 思い出の秋保電車より(秋保電鉄長町駅)
@長町駅(ながまちえき)は、宮城県仙台市太白区長町五丁目にある東日本旅客鉄道(JR東日本)と仙台市地下鉄の駅である。  @「たいはっくる」は秋保電気鉄道の長町駅であった。敷地門には秋保電気鉄道長町駅跡。
@秋保電気鉄道長町駅。
A舗装された駐車場の部分は秋保電鉄の廃線跡。 A駐車場の反対側はファミレスの建物が・・・
 B旧東北特殊鋼駅周辺。東北特殊鋼跡地はモール長町というショッピングセンターとなっている。道路を挟んで反対側には太白区役所がある。
B旧東北特殊鋼駅周辺。 B旧東北特殊鋼駅周辺。昭和28年。
 C長町駅前の道から右カーブしているところでマツダ方向へ向かっていたと思われる。  D位置的には公園が有る場所辺りを通っていたと思われる。
E西多賀駅周辺。
E西多賀駅。
 Fこの部分に橋が架かっていたと思われる。  F広い歩道部分が秋保電気鉄道の廃線跡と思われる。
G国道286号線バイパスから耕田寺方向の小道が秋保電気鉄道の廃線跡。
H如何にも軌道跡と思われる道が続く。秋保電気鉄道の廃線跡。
H左の白いものはキロポストでは有りません(笑) H左側にイオンのショッピングセンターが見える。
 I鈎取駅跡。 I昔の鈎取駅写真。 
I鈎取駅はイオンの駐車場脇を入ったところ。 Iイオンから月ヶ丘駅方向へ。
J山神の石碑。 J広い部分は軌道跡と思われる。
J月ヶ丘駅周辺。未舗装の道路部分が秋保電気鉄道の廃線跡。
J月ヶ丘駅。
K現上野山小学校付近。 K月ヶ丘付近。
K一番東側の街道溜池付近。再び道路と合流する・
L中溜池と街道溜池の間付近。廃線跡と思われる。
M中溜池を過ぎた辺りから、再び軌道跡へ。
N秋保電気鉄道の廃線跡。
N地番は旗立1-3付近(蛸溜池付近)。再び廃線跡は道路合流する。
O太白団地と山田自由ヶ丘との道路の分岐地点。右側には旗立溜池がある。
 O太白団地と山田自由ヶ丘との道路の分岐地点。右写真の旗立駅跡と思われる。奥の山が太白山。 O旗立駅。
P秋保電気鉄道の廃線跡。 P右側は旗立緑地。
Q宮城交通のバス停からバス専用道路が有りますが、この部分が秋保電気鉄道の廃線跡。
Q宮城交通のバス専用道路は秋保電気鉄道の廃線跡。
Q宮城交通のバス専用道路は秋保電気鉄道の廃線跡。
R宮城交通のバス専用道路から左側に大きくカーブし今回のメインイベントの隧道へと繋がって行く。
R旗立トンネル。このトンネルは心霊スポットで有名らしく壁からうめき声が聞こえるらしい。
R中にはいると何やら音がする・・・背筋にぞ〜としたものが・・・
S今もこのコメントを書いていても血の気が引くような感覚になる。
S今まで3qも有る長い廃線トンネルも制覇してきたが、このトンネルは二度と行きたくない。
S鍵がかかっていないので開けようとしたが、重たくて開かない。
S太白山駅が高速道路と交差する辺りに有ったらしい。
S太白山。
@太白山駅が高速道路と交差する辺りから高速の反対側に出たところ。
@高速の測道。 @右側の林辺りが廃線跡らしき雰囲気。
A右写真の方から、隧道方向(萩の台駅方向)へ通っていたと推測する。
B萩の台駅。
Bさかのした隧道。長町駅側。トンネルの上は茂庭浄水場がある。
Cさかのした隧道。秋保温泉駅側。
C萩の台駅 - 茂庭駅間の秋保電位鉄道の廃線跡。
D萩の台駅 - 茂庭駅間の秋保電位鉄道の廃線跡。
E右写真と同じ方向で撮影。 E電車はこちらから見て右側へカーブしている。
Eコーナー部のカーブが線路跡の名残。 E上の写真のコーナー部。
E萩の台駅 - 茂庭駅間の秋保電位鉄道の廃線跡。国道286号線とク交差する。
F茂庭駅跡。現在は駅が有ったとは解らない。 F茂庭駅。
F茂庭駅 - 北赤石駅間の秋保電位鉄道の廃線跡。築堤が残っている。
G茂庭駅 - 北赤石駅間の秋保電位鉄道の廃線跡。  G廃線跡はここで途切れて原山交差点からは国道286号線と同化する。
H途中、国道から入ったところに築堤らしき所を発見。廃線跡か?
I築堤から再び国道へ。  I廃線跡は国道に飲み込まれてしまっている。歩道が廃線跡か?
Jここから再び国道と別れて軌道跡と解る道へ。
K茂庭駅 - 北赤石駅間の秋保電位鉄道の廃線跡。
L茂庭駅 - 北赤石駅間の秋保電位鉄道の廃線跡。
M廃線跡は左側へ。 M茂庭駅 - 北赤石駅間の秋保電位鉄道の廃線跡。
N北赤石駅周辺。
N北赤石駅。
Oこの先に道路に転用されていない軌道跡へ。 Oここから道路に転用されていない軌道跡。
Oこの部分から谷を迂回するように県道から離れてゆく。
P県道から離れていた軌道跡は仙台万華鏡美術館辺りから再び県道脇の歩道へ。
P磊々峡駅。
P昔は秋保山神社の手前の歩道は道路より一段高くなってい軌道跡が残っていた。
P秋保山神社。建物は無く石碑のみの神社である。
Q秋保駅を出た列車が磊々峡へ向かっている。 Qスロープは新しく造り替えられた。
Qこのアーチ橋は当時の物ではなく、作り替えられた物である。
Q石切場の真下にあった引き込み線。 Q右写真の位置。
Q県道より高い位置に軌道跡が残っている。
 Q洞窟堂(塩滝不動尊)西暦860年(貞観2年)山寺立石寺が慈覚大師により開山するのであるが、これより先この霊地に大師は精舎を開き仏法を広めようとしたが、時の領主は仏を好まず、かえって妨害行為をするに及んだ。これに落胆した大師は、ここを立ち去り山寺に立石寺を開山したと伝えられている。この洞窟には塩滝不動尊が祀られ、また数米上方山林中には梵字石(大日如来・薬師如来・不動明王など)5基が合祀されている。
R磊々峡駅(らいらいきょう)- 秋保温泉駅間の秋保電気鉄道廃線跡。
S秋保グランドホテル駐車場。 S秋保温泉駅。
S秋保温泉駅。
S秋保温泉駅跡。現在秋保温泉駅跡にお住まいの早坂陽様より写真をご提供頂きました。
 S長崎電気軌道1053号車について:この電車は昭和27年新潟鉄工所で製作され、原町線開業に併せて導入された仙台市電のボギー車100型(119号車)です。昭和51年3月、市電が廃止されるまで、多くの市民の脚として活躍しました。廃止後100型5輌が長崎電気軌道(株)に譲渡され、長崎市内では(1053号車)として平成12年12月に廃車されるまで、長崎市民に愛され走り続けました。
秋保・里センターに展示されいる秋保電気鉄道の模型。
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昔の写真は株式会社交通新聞社 思い出の秋保電車より