更新日時 2011年06月07日

| 秋保電気鉄道(あきうでんきてつどう)は、かつて宮城県仙台市(現・同市太白区)の長町と同県名取郡秋保村(現・仙台市太白区秋保町)の秋保温泉を結んでいた鉄道である。略称は秋保電鉄(あきうでんてつ)。1961年(昭和36年)に全線が廃止された。長町から秋保温泉への旅客輸送と秋保石(凝灰岩の一種)の石材輸送を目的に、1914年(大正3年)に長町 - 秋保温泉間で馬車軌道として開業。時刻表による長町 - 秋保温泉間の所要時間は2時間20分程度であったが、馬の調子に依存して前後した(馬は会社ではなく馭者個人の所有)。電化を完了して以後は秋保電気鉄道として運営された。所要時間は1時間程度にまで短縮した。戦後は一度も新車が導入されないまま1953年(昭和28年)には経営が悪化、経営再建について宮城県と仙台市に協力を要請していた。そこで、仙台市は市内交通一元化と設備近代化のために、買収を計画する。かねてから設備の改善を仙台陸運局から指摘されていたことや、沿線である秋保村と生出村(双方ともに現、仙台市太白区)、秋保村観光協会から、秋保電鉄買収の請願を出されていたことも要因だった。仙台市交通局に統合、インターアーバンとして仙台市電と一体化して直通運転するという具体案も出ていた(長町駅に市電との連絡線を設け、電車の直通試験が行われたこともあったほか、買収価格や詳細も決まっていたという話もある)が、市議会で買収反対派の巻き返しに会い、買収案は否決された。後に仙南交通自動車に統合されて、社名が仙南交通となった。営業末期には仙台市南部の住宅地として造成が開始された頃で、朝夕は通勤客で賑わい温泉観光より通勤電車としての姿も見え始めており、本格的な高速鉄道への規格向上も検討されたが、結局は最後までトロリーポール集電、バッファ式連結器、通票閉塞方式だった。同時期、仙台市電は全車ボギー車、パンタグラフ集電化、自動信号化(トロリーコンタクターによるポイント操作)を完了していたが、秋保電鉄は設備近代化されることなく廃止されている。 | |
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| B萩の台駅。 | |
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| Bさかのした隧道。長町駅側。トンネルの上は茂庭浄水場がある。 | |
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| Cさかのした隧道。秋保温泉駅側。 | |
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| C萩の台駅 - 茂庭駅間の秋保電位鉄道の廃線跡。 | |
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| D萩の台駅 - 茂庭駅間の秋保電位鉄道の廃線跡。 | |
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| E右写真と同じ方向で撮影。 | E電車はこちらから見て右側へカーブしている。 |
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| Eコーナー部のカーブが線路跡の名残。 | E上の写真のコーナー部。 |
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| E萩の台駅 - 茂庭駅間の秋保電位鉄道の廃線跡。国道286号線とク交差する。 | |
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| F茂庭駅跡。現在は駅が有ったとは解らない。 | F茂庭駅。 |
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| F茂庭駅 - 北赤石駅間の秋保電位鉄道の廃線跡。築堤が残っている。 | |
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| G茂庭駅 - 北赤石駅間の秋保電位鉄道の廃線跡。 | G廃線跡はここで途切れて原山交差点からは国道286号線と同化する。 |
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| H途中、国道から入ったところに築堤らしき所を発見。廃線跡か? | |
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| I築堤から再び国道へ。 | I廃線跡は国道に飲み込まれてしまっている。歩道が廃線跡か? |
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| Jここから再び国道と別れて軌道跡と解る道へ。 | |
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| K茂庭駅 - 北赤石駅間の秋保電位鉄道の廃線跡。 | |
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| L茂庭駅 - 北赤石駅間の秋保電位鉄道の廃線跡。 | |
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| M廃線跡は左側へ。 | M茂庭駅 - 北赤石駅間の秋保電位鉄道の廃線跡。 |
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| N北赤石駅周辺。 | |
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| N北赤石駅。 | |
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| Oこの先に道路に転用されていない軌道跡へ。 | Oここから道路に転用されていない軌道跡。 |
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| Oこの部分から谷を迂回するように県道から離れてゆく。 | |
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| P県道から離れていた軌道跡は仙台万華鏡美術館辺りから再び県道脇の歩道へ。 | |
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| P磊々峡駅。 | |
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| P昔は秋保山神社の手前の歩道は道路より一段高くなってい軌道跡が残っていた。 | |
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| P秋保山神社。建物は無く石碑のみの神社である。 | |
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| Q秋保駅を出た列車が磊々峡へ向かっている。 | Qスロープは新しく造り替えられた。 |
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| Qこのアーチ橋は当時の物ではなく、作り替えられた物である。 | |
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| Q石切場の真下にあった引き込み線。 | Q右写真の位置。 |
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| Q県道より高い位置に軌道跡が残っている。 | |
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| Q洞窟堂(塩滝不動尊)西暦860年(貞観2年)山寺立石寺が慈覚大師により開山するのであるが、これより先この霊地に大師は精舎を開き仏法を広めようとしたが、時の領主は仏を好まず、かえって妨害行為をするに及んだ。これに落胆した大師は、ここを立ち去り山寺に立石寺を開山したと伝えられている。この洞窟には塩滝不動尊が祀られ、また数米上方山林中には梵字石(大日如来・薬師如来・不動明王など)5基が合祀されている。 | |
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| R磊々峡駅(らいらいきょう)- 秋保温泉駅間の秋保電気鉄道廃線跡。 | |
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| S秋保グランドホテル駐車場。 | S秋保温泉駅。 |
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| S秋保温泉駅。 | |
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| S秋保温泉駅跡。現在秋保温泉駅跡にお住まいの早坂陽様より写真をご提供頂きました。 | |
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| S長崎電気軌道1053号車について:この電車は昭和27年新潟鉄工所で製作され、原町線開業に併せて導入された仙台市電のボギー車100型(119号車)です。昭和51年3月、市電が廃止されるまで、多くの市民の脚として活躍しました。廃止後100型5輌が長崎電気軌道(株)に譲渡され、長崎市内では(1053号車)として平成12年12月に廃車されるまで、長崎市民に愛され走り続けました。 | |
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| 秋保・里センターに展示されいる秋保電気鉄道の模型。 | |
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