更新日時 2011年01月16日

廃線探索 静岡鉄道駿遠線-1
 駿遠線(すんえんせん)は、かつて静岡県中部、藤枝市の大手駅から東海道本線藤枝駅を経由し(駿遠線は新藤枝駅)、駿河湾西岸、御前崎付近及び遠州灘北東岸を回って袋井市の東海道本線袋井駅(駿遠線は新袋井駅)を結んでいた静岡鉄道の鉄道路線。軌間762mmの軽便鉄道で、線名は駿河国と遠江国を結ぶことから付いた。なお、大手 - 新藤枝間を大手線として区別することもある。
 元は藤枝からの藤相鉄道と袋井からの中遠鉄道が、静岡電気鉄道(後の静鉄静岡清水線)など他の運輸事業者と戦時統合して静岡鉄道となり、戦後に藤相・中遠両鉄道の末端部をつないで一本の路線としたものである。その結果、大手 - 新藤枝 - 新袋井は全長64.6kmと、軽便鉄道としては日本最長規模になった。
 その複雑な生い立ちと長大さから、使用される車両も引き継ぎ車、静岡鉄道自社製を中心に種々雑多で、鉄道ファンには人気の高い路線だったが、モータリゼーションの荒波に抗し切れず、また老朽化した大井川橋梁の架け替えに多額の費用を要することから、全通からわずか16年後の1964年(昭和39年)より区間廃止が始まり、1970年(昭和45年)8月1日付けで全線廃止、バスに転換された。
駅一覧(青色太字がこのページの探索区間)
 大手駅 - 慶全寺前駅 - 藤枝本町駅 - 瀬戸川駅 - 新藤枝駅 - 高洲駅 - 大洲駅 - 上新田駅 - 大井川駅 - 遠州神戸駅 - 上吉田駅 - 根松駅 - 細江駅- 静波駅 - 遠州川崎駅(1955年合併により川崎町が榛原町に名称変更したため、榛原町駅に改称) - 片浜駅 - 太田浜駅 - 相良駅 - 新相良駅 - 波津駅 - 須々木駅 - 落居駅 - 地頭方駅 - 堀野新田駅 - 玄保駅 - 遠州佐倉駅 - 桜ヶ池駅 - 池新田駅(1955年合併による町名変更で浜岡町駅と改称) - 塩原新田駅 - 合戸駅 - 千浜駅 - 国安海岸駅 - 西千浜駅 - 新三俣駅 - 南大坂駅 - 谷口駅 - 野賀駅 - 野中駅 - 河原町駅 - 新横須賀駅 - 七軒町駅 - 石津駅 - 新三輪駅 - 新岡崎駅 - 五十岡駅 - 浅名駅 - 芝駅 - 諸井駅 - 柳原駅 - 社袋井駅
藤相鉄道時代の廃止区間
 駿河岡部駅 - 横内駅 - 八幡橋駅 - 水守駅 - 農学校前駅 - 大手駅
廃線跡
 旧藤相鉄道区間の路盤跡の多くは、静岡県道375号静岡御前崎自転車道線の一部として転用されている。
 旧中遠鉄道区間については、袋井駅からしばらくは県道の拡幅用地とされている。袋井駅の線路敷自体は駐車場となり、往時をしのばせる。
 新幹線が県道をまたぐ地点には「駿遠線架道橋」と名前がつけられている(路線廃止前に建設されたため、新幹線とすれ違う姿も見られた)。
 旧浅羽町区域では、袋井市浅羽支所付近まで自転車道として整備されている。ところどころに、廃線跡であることを示すプレートが埋められている。
 浅羽支所より先は、同じく自転車道として整備されているが、こちらはただアスファルト舗装しただけとなっている。
 五十岡駅、石津駅のホームが残っている。近年まで新三輪駅のホームも残っていたようだが、堤防改修時に撤去された模様である。
 駅跡に駅名標を模したモニュメントが建っている所も多い。
 @静岡に出張があり、事前情報で静岡鉄道駿遠線が有るのは知っていましたが、たまたま仕事帰りに国道を走っていたら国道と平行して廃線らしき道と橋があり調査してみました。(その為全線を調査していません)
@この橋は昭和49年3月竣工で自転車道として架け直された物である。(といずみはし)
@自転車道と成っている
自転車道と成っている
A道幅からして単線だったようだ。
Bここまで自転車道と成ったいた。(車進入禁止)
Cこの辺は車道と兼用
D右側が廃線跡 D右側 上吉田駅跡
D上吉田駅跡(後から建てられた看板) D右側 上吉田駅跡
E左側は用水路、車道が廃線跡と思われる E右側が廃線跡?
E 左方向が廃線跡? F左の橋が廃線跡?
廃線跡の橋を利用した物と思われる。 道路側の橋(山崎橋)昭和36年3月竣工
Fこの先で右カーブして大井川方面へ G右カーブしてきた場所
Gまた、自転車道として・・・
H第一大窪橋 平成6年8月竣工 Hこの土手の感じが廃線跡
Hこの空き地は大幡駅跡? I自転車道として・・・
I進入禁止の柱が無ければ普通の車道としか・・・ J大井川に向けて・・・
J石碑の橋の字が読めるが他は読めない Jこの部分に橋が架かっていたようだ。
下の写真参照。
Kこのコンクリート基礎は橋の跡?  L田沼街道下瀬越跡:ふつう田沼街道といわれた相良街道の大井川下瀬越は対岸の高島村(吉田町川尻の内)から浅瀬を選んで本瀬を渡り、中州を北上して旧堤ぞいの小分流を渡ってここ相川・西島村境にあがる形で行われていた。
L静岡鉄道駿遠線の廃線跡はこの道の右側を平行していた様だ。
M静岡鉄道駿遠線の廃線跡はこの道の右側を平行していた様だ。
N廃線跡はこの道路の左側大井川西小学校の脇を通っていたようだ。
O百ヶ間地田跡:上新田字東の島に残る耕地整理された田で、かつては102の方正な区画が残されていました。 O廃線跡はこの道路の左側。。
 P藤枝市看板の先で廃線跡はこの道路を横断していた様だ。旧大州駅周辺。  P廃線跡はこの道路の右側で東名高速を横断していた様だ。(当時は東名高速はまだ開通していなかった。)
Rこの住宅街が廃線跡かと思ったが、県道33号線が廃線跡の様だ。
 S県道33号線からこのドラッグストアーの部分が廃線跡の様だ。ドラッグストアー辺りは昔は松林でその先の県道の高洲バス停辺りが旧高洲駅跡。 Sドラッグストアーから延びる廃線跡が新幹線の高架下を潜っている。
S市街地を抜けてこの先で東海道本線を越えていた様だ。下記写真参照。
 上記写真は、はーさんの鉄道・旅・よしなし草  静岡鉄道駿遠線1964,70年(昭和39,45年)より転載。新藤枝駅からほどなく、東海道本線をオーバークロスします。キハD18+ハ115が東海道線の上を走ってきます。 ハ115は旧草軽電鉄の客車です。
静岡鉄道駿遠線2へ続く
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