更新日時 2009年12月22日

 清水港線(しみずこうせん)とは、静岡県清水市(現:静岡市清水区)の清水駅と同市の三保駅とを結んでいた、日本国有鉄道(国鉄)の鉄道路線(地方交通線)。1980年の国鉄再建法施行により第一次特定地方交通線に指定され、1984年に全線が廃止、バス転換された。
 1916年に東海道本線の貨物支線として一部開業したが、1944年7月に三保まで延伸、同年12月に旅客営業を開始するのと同時に東海道本線から分離独立し、清水港線という路線名が与えられた。
 旅客営業開始時から旅客営業は貨物列車に客車を連結した「混合列車」によって行われた。最盛期には1日数往復の旅客列車が走り、昭和30年代には国鉄一の黒字路線になったこともあった。しかしその後、モータリゼーションの影響によって衰退が始まり赤字路線に転落。1972年以降は旅客列車(混合列車)は通学用に朝に下り1本、夕方に上り1本の1日1往復しか設定されず、日本一旅客列車の運行本数の少ない鉄道路線となった。
駅一覧 括弧内は清水駅からの営業キロ。
清水駅 (0.0km) - (貨)清水港駅 (1.4km) - 清水埠頭駅 (2.3km) - 巴川口駅 (3.3km) - 折戸駅 (6.1km) - 三保駅 (8.3km)
 L旧国鉄折戸駅 跡:国鉄清水港線は昭和19年に開業し、折戸駅は同年12月に営業(旅客・手小荷物・貨物)し駅長以下6〜7名勤務していた。当時は貨物が主であったが、朝晩の通勤・通学で客車は満員であり、、混合列車(旅客・貨物兼用)も珍しかったが、開業40年後の昭和59年3月末はかなく廃止となった。
 L折戸駅(おりどえき)は、静岡県清水市(現・静岡市清水区)折戸にあった日本国有鉄道(国鉄)清水港線の駅(廃駅)である。清水港線廃止に伴い1984年4月1日に廃止となった。駅跡地は単式ホーム1面1線のみを有し交換不能な地上駅。無人駅で、駅舎はおろか待合所すら持たず、ただホームだけのある駅であった。近くに高校があるため高校生の乗り降りが多く、清水港線の旅客列車の利用者のほとんどが当駅で乗降をしていた。廃止されるより前の1980年まで、隣駅の巴川口駅の西側にある日立製作所清水工場(現・日立アプライアンス清水事業所)へ続く専用線があり、貨物輸送が行われていた。現在跡地は公園となっている。
M旧三保駅まで2000m。 M真崎灯台まで4.2q。
M遊歩道用の橋が工事中。
M清水港線の廃線跡(遊歩道) Mこの円形は転車台跡か?
N清水港線の廃線跡(遊歩道)
N何の花? N清水港線の廃線跡(遊歩道)
Nサルスベリ。 NJR清水駅から6.0q。
O旧三保駅まで1500m。 Oバスターミナル。
O清水港線の廃線跡(遊歩道)
O清水港線の廃線跡(遊歩道)
P清水港線の廃線跡(遊歩道) P旧三保駅まで1000m。
 P縁生坊古墳跡:縁生坊古墳群は、古墳時代末期の7世紀後半から8世紀前半までのものと思われる。昭和初期にはスエ器・ハジ器が出土されたが第二次大戦の戦前・戦中工事その他で破壊され、その全容が明らかではないが、昭和に入り発掘等も行われたがどれも不十分であった。
P清水港線の廃線跡(遊歩道)
Q清水港線の廃線跡(遊歩道)レールのように見えるが、側溝の蓋(笑)
Q清水港線の廃線跡(遊歩道)レールのように見えるが、側溝の蓋(笑)
Q旧三保駅まで500m。 QHARBOR-BLUE LINEの紋章。
R清水港線の廃線跡(遊歩道)
R清水港線の廃線跡(遊歩道)
R清水港線の廃線跡(遊歩道)
 S旧三保駅 (8.3km)に咲く花々。三保駅(みほえき)は、静岡県清水市三保(現静岡市清水区三保)にあった日本国有鉄道(国鉄)清水港線の駅である。
 S貨物車輌の牽引、入換用として清水運送(株)が使用していた物です。15トンB型ディーゼル機関車。昭和45年製造。 日本車輌製造(株)
 S清水港線を走り続けたアルミタンク車:清水港線三保駅が昭和19年7月に開業され、この線で日本軽金属(株)清水工場から蒲原工場へアルミナを輸送し始め戦後は新潟工場にも輸送をしました。アルミナは別名、酸化アルミニウムと言い白色の粉末で色々な輸送荷送の変遷を経てきました。この車輌はシャーシ・タンクとも高張力アルミニウム合金製のアルミナ輸送用タンク車で昭和34年から昭和42年にかけて製造された33輌の内の1輌で、日本軽金属(株)と日本車輌製造(株)とが共同開発したものです。初期の物は、20有余年使用して来ましたが、その間殆ど無修理で清水港線や本線を走り続けました。昭和59年3月31日、清水港線が廃止され、その為に廃車の運命となりました。
 特徴@日本で最初のエアースライド(空気式排出装置)を搭載した粉末タンク車で、人出を用いず40トンのアルミナ粉末を約20分で排出することが出来た。Aアルミニウム合金製であるので、軽くて強く、荷物が多く運べる。(鉄製タンク車のアルミナ積載量30トンに対し、アルミニウム合金製は40トン)B塗装が不要である。
 S旧三保駅 (8.3km)旧三保駅まで0m。単式ホーム1面1線を有していた地上駅。ホームは構内の東にあり、ホームに接して古くからの駅舎があった。駅舎南側には1面1線の貨物ホームがあり、その他車両留置用の側線数本があった。駅の西側に向けて、日本軽金属清水工場や三井・デュポンフロロケミカル清水工場へ続く専用線が分岐していた。前者からは電解工場がある蒲原駅や新潟駅などへ酸化アルミニウム(アルミナ)が発送され、後者は主に塩酸の発送に使用されていた。
S旧三保駅のプラットホームが残っている。
S旧三保駅 (8.3km)
Sこの円形は転車台跡か?
S旧三保駅 (8.3km)旧三保から160m。
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