更新日時 2016年02月13日

廃線探索 東濃鉄道駄知線
 東濃鉄道駄知線は、かつて岐阜県土岐市内の土岐市駅から東駄知駅までを結んでいた東濃鉄道の鉄道路線である。建設沿線の主産業である陶磁器原料および製品を運搬する目的で敷設された。当初、国鉄中央本線建設時に現在のルートに対し、陶磁器産地ルート「岐阜県恵那郡大井(現恵那)- 恵那郡陶 - 岐阜県土岐郡駄知 - 土岐郡下石 - 土岐郡笠原 - 愛知県東春日井郡瀬戸」に変更する運動が駄知を中心に激しく行われたが結局現ルートとなり、中央線につながる陶磁器運搬のための鉄道路線を望んでいた駄知町が計画した。当初駄知から一番近い瑞浪駅に接続する路線を計画したが、資金不足で免許が下りず、同じ陶磁器産地の下石町などの協力を得、現ルートで建設された。旅客営業も行っていたが、集中豪雨による鉄橋の流失で営業休止に追い込まれ、そのまま廃止となった。同鉄道は笠原線も運行していたが、後に笠原線も廃止となり、鉄道事業を完全に廃止することとなった。しかし、社名を変更せずに、継続してバス運行事業を行っている。現在駄知駅は東濃鉄道土岐営業所、東駄知駅・下石駅はバスロータリー、新土岐津駅は東鉄の月極駐車場として利用されている。 駄知線の跡地は一部整備されて、歩行者専用道路となっている。駄知線で使用されていた電車のうち、モハ100形2両は日本で唯一の東芝製電車として知られる。同形式は駄知線廃止後高松琴平電気鉄道に譲渡され、同社70形電車として2000年(平成12年)まで使われていた。
駅一覧(新土岐津駅、小川町駅は路線廃止前の1945年に廃止)
土岐市駅 - 新土岐津駅 - 神明口駅 - 土岐口駅 - 下石駅(おろし) - 山神駅 - 駄知駅 - 小川町駅 - 東駄知駅
 @土岐市駅(ときしえき)は、岐阜県土岐市泉町久尻にある、東海旅客鉄道(JR東海)中央本線の駅である。
 @土岐市駅構造は単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線を持つ地上駅。1・3番線が本線で、2番線が副本線である。3番線の北側に車両夜間滞泊用の側線があり、朝晩にはこの駅を起終点とする列車が設定されている。駅員配置駅(直営駅)。構内南側、単式ホームに隣接して設置された駅舎の内部には、みどりの窓口などが置かれている。2つのホームは跨線橋で繋がっている。東京起点のキロ程は353.7kmであるが、1番線ホームには中央本線起点の東京からの距離が366キロメートルであることを表すキロポストがある。
 @土岐市駅舎西側に東濃鉄道駄知線の頭端式ホーム1面1線があったが、1972年(昭和47年)7月に休止、その後1974年(昭和49年)に廃止された。ホームの跡地は駐車場などに転用されている。
A東濃鉄道駄知線の土岐市駅 - 新土岐津駅間の廃線跡。停車場踏切より撮影。
B東濃鉄道駄知線の土岐市駅 - 新土岐津駅間の廃線跡。
 C東濃鉄道駄知線の 新土岐津駅跡。新土岐津駅(しんときつえき)は、現在の岐阜県土岐市に存在した駄知鉄道(後の東濃鉄道駄知線)の駅である。新土岐津駅(初代)は、国鉄中央本線土岐津駅の西、約200mに位置していた。跡地は現在、東濃鉄道の月極駐車場となっている。新土岐津駅は国鉄中央本線土岐津駅に統合され廃止となったが、地元住民のために新たに設置したのが新土岐津駅(2代目)である。位置ははっきりしていないが、新土岐津駅(初代)をそのまま使用したという説と、神明口駅側によった位置に簡素な駅を設置したという説もある。新土岐津駅(2代目)は、当初から一部の列車は通過していたこともあり利用客はすくなく、開設後2,3年後には実質休止されている。
D東濃鉄道駄知線の土岐川を渡っていた場所。この橋梁が流され廃止に至った。
D東濃鉄道駄知線の土岐川を渡っていた場所。この橋梁が流され廃止に至った。
E東濃鉄道駄知線の新土岐津駅 - 神明口駅間の廃線跡。
 F神明口駅(しんめいぐちえき)は、かつて岐阜県土岐市土岐津町に存在した東濃鉄道駄知線の駅である。駅施設は片面ホームだけの小さな駅であった。 ホーム西側に貨物用のホームがあり、この地域の特産であった蛙目粘土や硅砂などの陶土や陶磁器の積み出しが行なわれていた。 この駅の乗降客数は少なく、貨物取扱がメインであった。
F現在、駅跡は駐車場に、貨物ホーム跡は東濃鉄道系列である東鉄運輸の営業所になっている。
G東濃鉄道駄知線の神明口駅 - 土岐口駅間の廃線跡。
H東濃鉄道駄知線の神明口駅 - 土岐口駅間の廃線跡。
I東濃鉄道駄知線の神明口駅 - 土岐口駅間の廃線跡。
J東濃鉄道駄知線の神明口駅 - 土岐口駅間の廃線跡。
K東濃鉄道駄知線の神明口駅 - 土岐口駅間の廃線跡。
L東濃鉄道駄知線の神明口駅 - 土岐口駅間の廃線跡。
L東濃鉄道駄知線の神明口駅 - 土岐口駅間の廃線跡。
 M土岐口駅(ときぐちえき)は、かつて岐阜県土岐市土岐津町に存在した東濃鉄道駄知線の駅である。土岐津町の中心駅であり、旅客の他製品を扱う貨物駅でもあった。岐阜県立土岐商業高等学校の最寄駅であり、学生の利用が多かったという。駅施設は交換設備、貨物積み下ろし設備を有していた。駄知線の駅の中では、最も貨物取扱量が多かったという。扱っていた貨物は陶磁器ではなく、陶磁器の原料になる陶土(粘土)が中心であった。駅跡地にはホームが残っていたが現在は取り壊され、住宅や工場となっている。当時のものと推測される倉庫が残っている。
N東濃鉄道駄知線の土岐口駅 - 下石駅間の廃線跡。
O東濃鉄道駄知線の土岐口駅 - 下石駅間の廃線跡。
P東濃鉄道駄知線の土岐口駅 - 下石駅間の廃線跡。
Q東濃鉄道駄知線の土岐口駅 - 下石駅間の廃線跡。
R東濃鉄道駄知線の土岐口駅 - 下石駅間の廃線跡。
R東濃鉄道駄知線の土岐口駅 - 下石駅間の廃線跡。
S東濃鉄道駄知線の土岐口駅 - 下石駅間の廃線跡。
@東濃鉄道駄知線の土岐口駅 - 下石駅間の廃線跡。追澤川に架かる富士橋橋梁。
@東濃鉄道駄知線の土岐口駅 - 下石駅間の廃線跡。追澤川に架かる富士橋橋梁。
A東濃鉄道駄知線の土岐口駅 - 下石駅間の廃線跡。
B東濃鉄道駄知線の土岐口駅 - 下石駅間の廃線跡。
C東濃鉄道駄知線の土岐口駅 - 下石駅間の廃線跡。
D東濃鉄道駄知線の土岐口駅 - 下石駅間の廃線跡。
E東濃鉄道駄知線の土岐口駅 - 下石駅間の廃線跡。
F東濃鉄道駄知線の土岐口駅 - 下石駅間の廃線跡。
G東濃鉄道駄知線の土岐口駅 - 下石駅間の廃線跡。
H東濃鉄道駄知線の土岐口駅 - 下石駅間の廃線跡。
I東濃鉄道駄知線の土岐口駅 - 下石駅間の廃線跡。
I東濃鉄道駄知線の土岐口駅 - 下石駅間の廃線跡。
I東濃鉄道駄知線の土岐口駅 - 下石駅間の廃線跡。
J東濃鉄道駄知線の土岐口駅 - 下石駅間の廃線跡。裏山川に架かる橋梁。
K東濃鉄道駄知線の土岐口駅 - 下石駅間の廃線跡。
L東濃鉄道駄知線の土岐口駅 - 下石駅間の廃線跡。
M東濃鉄道駄知線の土岐口駅 - 下石駅間の廃線跡。
M東濃鉄道駄知線の土岐口駅 - 下石駅間の廃線跡。
 N下石駅(おろしえき)は、かつて岐阜県土岐市下石町に存在した東濃鉄道駄知線の駅である。下石町の中心駅であり、旅客の他製品を扱う貨物駅でもあった。土岐市立土岐高等学校(後の岐阜県立土岐高等学校。現岐阜県立土岐紅陵高等学校)の最寄駅であり、学生の利用が多かったという。
 N下石駅施設は交換設備、貨物積み下ろし設備を有していた。貨物取扱量が多かったという。扱っていた貨物は陶磁器ではなく、陶磁器の原料になる陶土(粘土)が中心であった。駅跡地には東鉄バス下石バス停になっている。東鉄ターミナルの建物があり、待合所とタクシーの営業所(東鉄タクシー下石配車センター)として利用されている。駅跡地の一部は、郵便局(下石郵便局)、公民館になっている。線路跡地は歩行者専用道路になっている。
O東濃鉄道駄知線の下石駅 - 山神駅間の廃線跡。
O東濃鉄道駄知線の下石駅 - 山神駅間の廃線跡。
P東濃鉄道駄知線の下石駅 - 山神駅間の廃線跡。
Q東濃鉄道駄知線の下石駅 - 山神駅間の廃線跡。
R東濃鉄道駄知線の下石駅 - 山神駅間の廃線跡。
S東濃鉄道駄知線の下石駅 - 山神駅間の廃線跡。
@東濃鉄道駄知線の下石駅 - 山神駅間の廃線跡。
A東濃鉄道駄知線の下石駅 - 山神駅間の廃線跡。
B東濃鉄道駄知線の下石駅 - 山神駅間の廃線跡。
C東濃鉄道駄知線の下石駅 - 山神駅間の廃線跡。
D東濃鉄道駄知線の下石駅 - 山神駅間の廃線跡。
E東濃鉄道駄知線の下石駅 - 山神駅間の廃線跡。
F東濃鉄道駄知線の下石駅 - 山神駅間の廃線跡。
G東濃鉄道駄知線の下石駅 - 山神駅間の廃線跡。
 H山神駅(やまがみえき)は、かつて岐阜県土岐市下石町に存在した東濃鉄道駄知線の駅である。山神駅は駄知線の駅では最も標高の高いところにあった。 山神集落からはずれた所に位置していたので旅客量は駄知線で最も少なく、貨物取扱量も少なかった。駅跡地には、山神駅のプラットホームが一部分残っている場所がある。駅の東側にかつて存在した鉄橋は、橋桁が外され、橋台部分のみ残っている。
H東濃鉄道駄知線の山神駅 - 駄知駅間の廃線跡。橋梁が架かっていた。
I東濃鉄道駄知線の山神駅 - 駄知駅間の廃線跡。橋梁が架かっていた。
I東濃鉄道駄知線の山神駅 - 駄知駅間の廃線跡。橋台跡とその先に続く廃線。
K東濃鉄道駄知線の山神駅 - 駄知駅間の廃線跡。
L東濃鉄道駄知線の山神駅 - 駄知駅間の廃線跡。
 M駄知駅(だちえき)は、かつて岐阜県土岐市駄知町に存在した東濃鉄道駄知線の駅(廃駅)である。駄知町の中心駅あり、旅客の他、陶磁器製品を扱う貨物駅でもあった。駄知町の住民の間では、駄知駅を西駅、東駄知駅を東駅と呼んでおり、現在も通称の地名として使用されているという。スイッチバック構造の駅であり、旅客用としては2面2線の島式ホームを有していた。陶磁器製品を運搬するための貨物駅でもあったため、留置線、貨物側線、貨物ホームも有していた。東濃鉄道駄知線の中心的な駅であり、車両基地、運転基地、工場があり、広い構内を有していた。1932年(昭和7年)、駄知駅と東駄知駅の間に小川町駅が開設されたが、1942年(昭和17年)頃に休止、1944 - 45年頃に廃止された。駅跡地は東鉄バス土岐営業所となり、バスターミナル、車庫となっている。当時の電車の車庫がバス用の車庫に転用されており、車庫内には当時の線路が残っているという。開業当時に建立された駄知鉄道開業記念碑が現存する。
M東濃鉄道駄知線の駄知駅 - 小川町駅間の廃線跡。
N東濃鉄道駄知線の駄知駅 - 小川町駅間の廃線跡。
O東濃鉄道駄知線の駄知駅 - 小川町駅間の廃線跡。
P東濃鉄道駄知線の駄知駅 - 小川町駅間の廃線跡。
P東濃鉄道駄知線の駄知駅 - 小川町駅間の廃線跡。
Q東濃鉄道駄知線の駄知駅 - 小川町駅間の廃線跡。
Q東濃鉄道駄知線の駄知駅 - 小川町駅間の廃線跡。
Q東濃鉄道駄知線の駄知駅 - 小川町駅間の廃線跡。
 R1932年(昭和7年)、駄知駅と東駄知駅の間に小川町駅が開設されたが、1942年(昭和17年)頃に休止、1944 - 45年頃に廃止された。
R小川町駅−東駄知駅間の廃線跡。
 S東駄知駅(ひがしだちえき)は、かつて岐阜県土岐市駄知町に存在した東濃鉄道駄知線の駅である。駄知線の終着駅であった。駄知町の住民の間では、駄知駅を西駅、東駄知駅を東駅と呼んでおり、現在も通称の地名として使用されているという。駄知町の中心地ではあったが1970年(昭和45年)頃には合理化として駄知・当駅間の廃止の計画がされていたという。実際に駄知・当駅の廃止届けは出されたのだが、その2ヵ月後に自然災害により駄知線全線が休止し、そのまま廃止となった。
 S1面1線のホームを有していた。陶磁器製品を運搬するための貨物駅でもあったため、留置線も有していた。駅跡地の一部は東鉄バス東駄知バス停となっており、バスの回転場となっている。
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