更新日時 2013年01月15日

 神津島採石運搬トロッコ軌道:神津島最北端の高い山を神戸山と呼び、山全体が抗火石で形成されている。昭和17年頃、建築材料等に利用するため、当時、島外資本による日産化学工業株式会社により、この地に採石運搬の施設が建設された。当時は、道路も無かったので、目印に山の上の支柱が立っている場所より、この名組湾まで索道を張り、採石された石が降ろされた。そして更にこの湾の先にある、ボンブと呼ばれる所までトロッコに載せて運び、運搬船に荷積みされた。その後、時代の変遷により石の需要も減り、昭和30年代に積み出しは閉鎖された。当時、最盛期にはこの付近にも仮屋もあって、多くの人が働いていた。現在は、神戸山まで車道が通じて、平成12年の春まで採石が行われていた。採石された石は、今まで住宅や道路の石垣など貴重な天然石として島内で消費された。今では残されているトロッコ橋や付近に散在している採石・トロッコの車軸などが、当時を思い出す名残となっている。
当時のトロッコ用線路。 当時のボンブと運搬船。
 抗火石(こうかせき、こうがせき)とは水孔石、剛化石、コーガ石とも呼ばれる流紋岩の一種。軽石の一種である抗火石 はスポンジ状の構造を持つガラス質であり、鋸や斧で容易に切断できるもので、レンガ大の大きさから10cm×20cm×3cmの大きさに加工できるものを主に指す。また、抗火石の名称を用いるものは伊豆諸島の新島、式根島、神津島、伊豆半島の天城山で産出されるものだけである。1924年(大正13年)ごろより工業用としての採掘が開始され肥料を製造するための窯などに使用されていたとされる。
トロッコ軌道跡の桟橋の遠景です。
最初下から見た時は天端は平らかと思いましたがレールが乗る部分しかありません。
それでも当然、渡ります。天端分はぼろぼろなので渡りにくいです。
軌道跡の桟橋を下から見た風景です。腐食は進んでいますが、当分は残っているでしょう。
中間地点の岩まで渡りました。
ボンブまで来ました。
ボンブには枕木も残っています。
ボンブ間を渡る小型の橋があります。
ボンブ内の切り通しです。
ボンブまで到着しました。
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