更新日時 2017年07月17日

横浜市電保存館
 横浜市電保存館は、神奈川県横浜市磯子区にある、1972年(昭和47年)に廃止された横浜市交通局の路面電車(横浜市電)に関する資料を保存・展示する施設。一般財団法人横浜市交通局協力会が運営している。
開館時間 9:30〜17:00(入館は16:30まで)
休館日 毎週月曜日(祝日の場合は翌日)・年末年始(12/29〜1/3)
※春休み・夏休み・冬休み期間中は月曜日も開館
入館料金 大人(高校生以上):300円 / 3歳から中学生:100円
横浜市電保存 横浜市電の車輪。
横浜市電の最後のポール。下部の穴は横浜大空襲で受けた被弾跡です。
横浜市電保存館のスタンプもあります。
 500型(登場時の塗装)500型 500-559号 60両 横浜市電を代表する大型単車。1928年(昭和3年)に、東京瓦斯電気・蒲田車両・雨宮製作所で20両ずつ作られた。高馬力なため、1300型と一緒に3系統で運用されることが多かった。現在523号が市電保存館で静態保存されている。
500型の車内と運転台。
 1000型 1928年(昭和3年)に市電初のボギー車として登場した車両。この車両は馬力が小さいため、主に10系統や6、8系統などの平坦な路線を中心に運用された。中央扉は1枚戸の時と2枚戸の時があった。1970年(昭和45年)廃車。
1000型の車内と運転台。
 1100型 戦前はクロスシートが設置されていたため、「ロマンスカー」の愛称があった。(配置は片側クロスで片側ロング)しかし戦時中に撤去され座席数が半減した。1936年(昭和11年)製。全廃まで使用。
1100型の車内と運転台。
 1300型(登場時の水色と白色のツートンカラー)1300型 車掌が乗務していた最後の車両。登場時は3000型と名乗っていた。最大30両が在籍し、行き先表示が大きいものと小さいもの。運転手側のドアが自動ドアのものと手動のものなど微妙に仕様の違うものが存在した。ほぼ全路線で使用されていたが、500型と同様高馬力なため、坂道の多い3系統、7系統で使用されることが多く、特に本牧線廃止以降は1300型は3系統専用車両となったため、全廃の1年前3系統の廃止に伴い廃車となった。このため、3系統廃止時には、通常1500型で製作されていた装飾電車が1300型(1301号・1303号)で製作された。
1300型の車内と運転台。
 1600型 戦後の混乱期に製造された800型単車を置き換えるために、交通局滝頭工場で6両製造された最後の新車。1957年(昭和32年)製。外観は大阪市電3001形の車体に、京都市電700形の4枚折戸を取り付けたような車体となっていて、軽快で近代的な印象を受ける。ただ横浜市電では前中式の乗降扉配置が車掌に嫌われたのか、ワンマン改造はされないまま1970年(昭和45年)の本牧線廃止を機に全車廃車された。
1600型の車内と運転台。
 1500型(1150形の一部に一時期施されたクリームと薄いチョコレート色のツートンカラー)1500型 戦後各都市で製造されたPCCカーの一種だが、駆動装置は吊り掛け駆動方式である。1951年(昭和26年)製。制御器は間接制御器を使用していたが、モータリゼーションの進行と1967年(昭和42年)のワンマン化に伴い、直接制御器へ取り替えるなどして逆に1150型と同一の性能となった。全廃時まで使用。
1500型の車内と運転台。
 無蓋貨車10 全廃時の花電車に使用された10号貨車は、現在市電保存館に保存されている車両の中で唯一、エアーブレーキでなく、ハンドブレーキを搭載している。関東大震災前は山手のキリンビール工場(生麦ではない)のビール輸送に使われていた。全盛期には何両か在籍し、みなと祭りなどの行事の際には花電車に使用されていた。保線作業の際などに使用されていた写真も残っている。また、有蓋貨車も在籍し、市場線からの荷物の輸送などに使われていたということで、写真も残っている。
ポールトップ。 分岐器。
逆転ハンドル。ブレーキハンドル。 横浜市電の銘板類。
横浜市電のポール。 横浜市電の給電装置。
横浜市電のモーター。
麒麟麦酒の丸函と藁づと。
歴史展示コーナー。
歴史展示コーナー。
ベルギー製レール(複製) 電気局運転免許証。
歴史展示コーナー。
歴史展示コーナー。
歴史展示コーナー。 0ゲージ鉄道ジオラマ
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