更新日時 2013年04月01日

 紀州鉱山鉄道:紀州鉱山は昭和9年(1934年)石原産業がこの地域に多数の鉱脈があることに着目して、鉱山事業を始めるために鉱区買収をしたことから始まります。以来、閉山の昭和53年(1978年)に至るまでの44年間、開発初期段階や太平洋戦争後の数年間を除き、年間2,000トン以上の銅を産出し、全盛期の昭和40年(1965年)前後には、その産銅量が3,000トンを超える国内屈指の銅鉱山でした。紀和町一帯には、銅を主体とした鉱脈が数多く存在し鉱石を採掘した古い坑道跡が至るところに見ることが出来ます。この附近から産出した銅は、古くは奈良東大寺の大仏建立に献上されたとも伝えられ、水車谷付近に残る熊野床遺跡などから、江戸時代にも盛んに採掘されたことが裏付けられます。三重県熊野市(旧・紀和町)にある湯ノ口温泉には、かつての紀州鉱山の鉱山鉄道を利用したトロッコ列車が走っている。国道311号線沿いにある「瀞流荘駅」と湯元である「湯ノ口温泉駅」の約1kmを結んでおり、旧紀和町が観光客誘致のために旧鉱山鉄道を観光鉄道として再生させたものである。列車は1日に6往復が運行されている。車両はかつて坑内軌道で使われた蓄電池式の電気機関車が、5両程度の客車を牽引する。客車は観光鉄道として復活時に新造したものであるが、かつての鉱山鉄道時代の人車を忠実に模している。路線の大半がトンネルのため客車は密閉型。鉱山鉄道の乗車が体験できるという意味で、貴重な存在である。
紀州鉱山鉄道ユーチューブ動画リンク
熊野市紀和鉱山資料館リンク
@紀州鉱山鉄道の板谷駅跡。コンクリートの柱は選鉱場跡。
@板谷駅の隧道です。この隧道の先は小口谷駅へつながっています。
@板谷駅側の隧道入口です。この隧道は年1回〜2回熊野市紀和鉱山資料館のイベントで入れるそうです。
A旧小口谷駅側の隧道入口です。
A旧小口谷駅側の隧道内にバッテリーロコと客車が置いてあります。
A瀞流荘駅(旧小口谷駅)の切符売り場。片道200円。往復400円。
A日本輸送機製の2トン蓄電池機関車は客車を5両牽引している。
A日本輸送機製の2トン蓄電池機関車。BL2-E-610。昭和46年1月製造。GS蓄電池48V。
A紀州鉱山鉄道のトロッコ列車の先頭客車に乗ります。乗客は私1人です。
A機関庫にバッテリーロコとカラフルな客車が置いてありました。
A紀州鉱山鉄道の旧小口谷駅の旧湯ノ口駅側の隧道。
B旧小口谷駅−旧湯ノ口駅間。
B旧小口谷駅−旧湯ノ口駅間の隧道。谷間で一旦隧道が切れて、再び短い隧道が続く。
B紀州鉱山鉄道の旧小口谷駅−旧湯ノ口駅間の隧道。
B紀州鉱山鉄道の旧小口谷駅−旧湯ノ口駅間に小さな広場がある。
B紀州鉱山鉄道の旧小口谷駅−旧湯ノ口駅間の旧湯ノ口駅側隧道入口。
B紀州鉱山鉄道の旧小口谷駅−旧湯ノ口駅間の隧道内で分岐があった。
C紀州鉱山鉄道の旧小口谷駅−旧湯ノ口駅間の旧小口谷駅側隧道入口。
C湯ノ口温泉駅(旧湯ノ口駅)
C湯ノ口温泉駅(旧湯ノ口駅)
C湯ノ口温泉駅(旧湯ノ口駅)
 C湯ノ口温泉(ゆのくちおんせん)は、三重県熊野市(旧南牟婁郡紀和町、旧紀伊国)にある温泉。開湯は約700年前、後醍醐天皇の指示でこの周辺の金山を開発した際に発見されたとされる。南北朝時代には既に温泉地として開かれていた。その後の鉱山開発などで昭和初期には温泉は枯れてしまった。しかし、1978年(昭和53年)に鉱山が閉山後にボーリング調査を行った際、地下1300mに源泉を発見し1979年(昭和54年)に湯元が営業を始めて湯ノ口温泉は復活した。鉱山開発により枯渇したことがある温泉は、他にもいわき湯本温泉などがある。1997年(平成9年)5月1日、国民保養温泉地に指定。北山川を望む河畔に鉄筋コンクリート造りの瀞流荘と、車で約10分ほど離れた山間にある湯元山荘湯ノ口温泉の2軒の旅館が存在。瀞流荘から湯ノ口温泉へは、この地域に鉱山が有ったときに利用されていたトロッコ列車で移動することも可能。両地を約10分で結ぶ。湯元山荘湯ノ口温泉は湯治場も備えた山間の鄙びた温泉場である。
C湯ノ口温泉駅(旧湯ノ口駅)の奥の方に軌道は続いていた。当時の橋梁を人道橋に再利用している。
C6号隧道湯ノ口側。
C隧道内でキノコの栽培がおこなわれている様だ。 C勾配標が残る。
D惣房駅側の隧道。道路下の四角い隧道部分は道路造成時に追加されたものと思われる。
D惣房駅側の隧道。右側へ行く隧道が見える。
D惣房の楊枝川に橋台跡が残る。 D惣房の鉱山町。
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出典: 熊野市紀和鉱山資料館
紀州鉱山鉄道