更新日時 2018年05月27日

びわ湖疏水船
 びわ湖疏水船:疏水開削後、明治27年(1894年)に初めて琵琶湖疏水における運搬船が運航されたことを皮切りに、滋賀県・大津から京都までの間で物資を運搬するための舟運が発達し、ピーク時期となる大正14年(1925年)には、琵琶湖疏水によって年間222,927tの資材が運搬され、1日当たりの通船数は150隻に達しました。また、資材等の運搬船だけでなく、旅客のための遊覧船も運航され、数十年にわたって旅客・貨物とも大いに利用されましたが、自動車や鉄道等の急速な発達に伴い、舟運は、徐々にその数を減らし、昭和26年(1951年)9月に大津から山科まで4.5tの砂を輸送したのを最後にその姿を消しました。以来、琵琶湖疏水における舟運の復活を望む声は幾度となく挙がったものの、長きにわたってその実現には至りませんでした。そうした中、「琵琶湖疏水船下り実行委員会」が平成26年(2014年)12月に立ち上がり、琵琶湖疏水における通船の本格的な復活に向けた検討を開始。平成27年(2015年)春に滋賀県大津市から京都市・蹴上までの約7.8kmの区間において、「琵琶湖疏水通船復活」試行事業を実施し、64年振りに琵琶湖疏水における舟運を復活。平成30年春からは、本格的な運航を開始。
@びわ湖疏水船の蹴上側の乗船場。蹴上げ側からの上り便はエンジン走行で35分。下り便は55分。
@琵琶湖疏水の第3隧道出口850m。
A琵琶湖疏水の第3隧道内部。
B琵琶湖疏水の第3隧道入口。
C琵琶湖疏水に掛かる橋梁。
D琵琶湖疏水。
E琵琶湖疏水の第2隧道。124m。
F琵琶湖疏水に掛かる橋梁。
G琵琶湖疏水に掛かる橋梁。
H琵琶湖疏水の船たまり場。水路内に水流を制御する仕切が設けられている。
H琵琶湖疏水の船たまり場。
I琵琶湖疏水。
I琵琶湖疏水の諸羽隧道出口。
520m。
J琵琶湖疏水の諸羽隧道内部。
K琵琶湖疏水の諸羽隧道入口。
L琵琶湖疏水に掛かる橋梁。
L琵琶湖疏水に掛かる橋梁の橋台には煉瓦が使われていた。
M琵琶湖疏水の洪水防止用の水門。災害時や洪水の時に閉鎖される。
N琵琶湖疏水の第1隧道出口。
2,436m。
N琵琶湖疏水の第1隧道出口。
O琵琶湖疏水の第1隧道内部の竪坑から水が落下している部分。
P琵琶湖疏水の内部。
Q琵琶湖疏水の内部。
R琵琶湖疏水の大津側乗船場。
R琵琶湖疏水の大津閘門。
R琵琶湖疏水の大津閘門。琵琶湖疏水の隧道入口の扁額の文字は凹んでいて、出口の扁額文字は凸ている。扁額上部には責任者の名前、竣工年月日が英語表記されている。
S琵琶湖疏水の大津制水門。
S琵琶湖疏水の大津制水門。
S琵琶湖疏水の大津制水門には煉瓦の平面が出ている場所がある。
S琵琶湖疏水の橋梁より大津閘門を見る。
S琵琶湖疏水の橋梁より大津閘門を見る。
S琵琶湖疏水の橋梁より大津閘門を見る。びわこ疏水船。
S琵琶湖疏水の橋梁より大津閘門を見る。びわこ疏水船。
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出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『京都市・大津市』を掲載」