更新日時 2023年08月25日

鋸山・地獄のぞき・日本寺・千五百羅漢
 鋸山・地獄のぞき・日本寺・千五百羅漢:房州石の産地として知られる千葉県房総半島の鋸山は、石を切り出した岩肌が鋸の歯のように尖っていることからその名がつきました。断崖が垂直に切り立つ「地獄のぞき」は房総半島を一望できる。日本寺は千葉県安房郡鋸南町にある、曹洞宗の寺院。山号は乾坤山。本尊は、薬師瑠璃光如来。大仏があることで知られる。 寺伝によれば、聖武天皇の勅願により、行基によって神亀2年(725年)に開山されたとされ、当初は法相宗に属していたという。最盛期には七堂十二院百坊を有する規模を誇り、良弁、空海、円仁らが留錫したと伝える。良弁は木彫の大黒天を彫り、空海は100日間の護摩を焚き、石造の大黒天を彫り遺し、仁王門の金剛力士像は円仁の作とする伝承がある。天安年間(857年 - 859年)、円仁が入寺して天台宗の寺院となったと伝え、その後、隆盛と衰退を繰り返したが、復興には源頼朝や足利尊氏の援助を受けたという。境内にある五百羅漢像(千五百羅漢)は、江戸時代後期にこの寺を復興した高雅愚伝が発願したもので、上総国望陀郡桜井村の石工・大野甚五郎英令が門弟27人と共に安永8年(1779年)より寛政10年(1798年)までの前後約21年の歳月をかけて彫ったものであり、約1,553体の石仏がある。明治に入り、神仏分離に伴う廃仏毀釈や1939年(昭和14年)の火災などにより、現在残る堂宇は仮本堂をはじめごくわずかとなっている。
@無料の駐車場。
@東口管理所。拝観料600円。
A日本寺の大仏。
A日本寺の大仏。石山を掘って大仏を造った。
B途中には曲がった木や石が転がっている。
C階段が以外ときつい。
D途中には手掘りの隧道もある。
D石仏が途中に沢山有る。
E房総半島を一望できます。
E「地獄のぞき」からの光景。
E「地獄のぞき」からの光景。
E「地獄のぞき」の光景。
F石切場跡(百尺観音)への道。
F北口管理所。JR浜金谷駅、東京湾フェリーへの下山道。
F百尺観音。
F「地獄のぞき」を下から見た光景。
F「地獄のぞき」を下から見た光景。この地獄のぞきは石切職人の遊び心で造られたそうだ。
G駐車場及びロープウエーへの下山道。
G駐車場及びロープウエーへのゲート。
H旧道の階段と新道の階段。
I不動滝の石造りの橋梁。
I不動滝。
J手掘りの隧道。
K護摩窟。
K五百羅漢。
L天通窟。
L百躰不動。 M日本寺。
N薬師本殿。
鋸山の石切場跡。
鋸山の石切場跡。
鋸山の石切場跡。
鋸山の石切場跡。
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出典: 「国土地理院の電子国土Web(地図画像)『富津市・鋸南町』を掲載」