更新日時 2014年07月09日

廃線探索 坂川鉄道
 坂川鉄道(さかがわてつどう)は、かつて岐阜県恵那郡坂下町(現・中津川市)の新坂下駅と、恵那郡川上村(現・中津川市)の丸野駅を結んでいた鉄道路線(軽便鉄道)を運営していた鉄道事業者である。本社は岐阜県恵那郡川上村170番地にあった。木曽川の支流川上川沿いに存在した。木材運搬を目的とした森林鉄道であるが、トロッコを利用して旅客営業が行なわれ、一日3往復程度運行されていた。丸野駅から先には坂下森林鉄道、途中駅の奥屋駅からは田立森林鉄道が接続していた。運営は川上村と宮内省(株式の過半を保有)が行なっていた。これは周辺の森林が神宮林(神宮備林)の一部であったことによる。1956年(昭和31年) 坂川鉄道線廃止。
駅一覧
新坂下駅 - 稲荷堂駅 - 上大門駅 - 森平駅 - 奥屋駅 - (貨)丸野駅
 @坂下駅(さかしたえき)は、岐阜県中津川市坂下にある、東海旅客鉄道(JR東海)中央本線の駅である。名古屋駅側から見ると中央本線の岐阜県最後の駅で、日本国有鉄道時代は当駅が名古屋鉄道管理局と長野鉄道管理局の境界駅であった。その名残か、当駅発着の電車も数本設定されている。かつては名古屋への直通列車も設定されていたが、現在は早朝(平日のみ)に1本の当駅発名古屋行きの快速が設定されているのみである。
 @坂下駅構造は単式ホーム1面1線と島式ホーム1面2線、合計2面3線のホームを持つ地上駅。1・3番線が本線、2番線が副本線である。2つのホームは跨線橋で繋がっている。中津川駅管理の簡易委託駅。2012年9月30日までは東海交通事業の職員が業務を担当する業務委託駅で、みどりの窓口が設置されていた。なお駅周辺は比較的広い駐車スペ−スがあるが、殆どがJR東海管理の月極駐車場、或いは周囲の商社や商店の駐車場になっている。
 A新坂下駅(しんさかしたえき)は、かつて岐阜県恵那郡坂下町(現・中津川市)に存在した、坂川鉄道の駅(廃駅)である。当駅は現在の東海旅客鉄道(JR東海)中央本線坂下駅の東側に隣接していた。また、この地域の勾配が急であったため、当駅から丸野駅方面への線路は一旦南下し、反時計回りで東から北へ向かい、西に向かって中央本線トンネル(坂下 - 田立間)の上の山を通り、北上していた。駅構造は旅客用は1面1線のホームであった。もともと坂川鉄道は川上川(木曽川支流)沿いの地域(裏木曽)の森林(神宮備林)の木材運搬が主な目的であったため、積込用の側線、貯木場が設置されていた。軌間762mmの軽便鉄道の駅であり、線路による直接の坂下駅への接続がなかった。
B坂川鉄道の新坂下駅 - 稲荷堂駅間の廃線跡。
C坂川鉄道の新坂下駅 - 稲荷堂駅間の廃線跡。新坂下駅に有った貯木場が移転したようだ。
D坂川鉄道の新坂下駅 - 稲荷堂駅間の廃線跡。大きくカーブしながら徐々に高度を上げて行く。
E坂川鉄道の新坂下駅 - 稲荷堂駅間の廃線跡。
F坂川鉄道の新坂下駅 - 稲荷堂駅間の廃線跡。右側の道が廃線跡。
G坂川鉄道の新坂下駅 - 稲荷堂駅間の廃線跡。
H坂川鉄道の新坂下駅 - 稲荷堂駅間の廃線跡。
I坂川鉄道の新坂下駅 - 稲荷堂駅間の廃線跡。
J坂川鉄道の新坂下駅 - 稲荷堂駅間の廃線跡。
K坂川鉄道の新坂下駅 - 稲荷堂駅間の廃線跡。
L坂川鉄道の稲荷堂駅跡。
M坂川鉄道の稲荷堂駅 - 上大門駅間の廃線跡。ここから先は廃線跡の雰囲気が出ている。
N坂川鉄道の稲荷堂駅 - 上大門駅間の廃線跡。
O坂川鉄道の稲荷堂駅 - 上大門駅間の廃線跡。
P坂川鉄道の稲荷堂駅 - 上大門駅間の廃線跡。左写真の左方向が廃線跡。
Q坂川鉄道の稲荷堂駅 - 上大門駅間の廃線跡。
 R坂川鉄道の上大門駅跡。家が建っているところが駅跡で、家の住人によると島式のホームでこの駅で列車交換が行われたそうです。
S坂川鉄道の上大門駅 - 森平駅間の廃線跡。
@坂川鉄道の上大門駅 - 森平駅間の廃線跡。この先は藪のように見えるが確りとした廃線跡が続く。
A坂川鉄道の上大門駅 - 森平駅間の廃線跡。石垣が廃線跡を醸し出している。
B坂川鉄道の上大門駅 - 森平駅間の廃線跡。
C坂川鉄道の上大門駅 - 森平駅間の廃線跡。
D坂川鉄道の上大門駅 - 森平駅間の廃線跡。ここから舗装道路に転用。
E坂川鉄道の上大門駅 - 森平駅間の廃線跡。道路に転用されている。
F坂川鉄道の上大門駅 - 森平駅間の廃線跡。再び廃線跡は左の川沿いへ。
G坂川鉄道の上大門駅 - 森平駅間の廃線跡。廃線跡を醸し出している。
H坂川鉄道の上大門駅 - 森平駅間の廃線跡。この先は再び舗装道路へ。
I坂川鉄道の上大門駅 - 森平駅間の廃線跡。舗装道路に転用されている。
J坂川鉄道の森平駅跡付近。
K坂川鉄道の森平駅 - 奥屋駅間の廃線跡。椿沢の森平橋。
L坂川鉄道の森平駅 - 奥屋駅間の廃線跡。県道3号線に合流。
M坂川鉄道の森平駅 - 奥屋駅間の廃線跡。ここから県道411号線へ。
N坂川鉄道の森平駅 - 奥屋駅間の廃線跡。鳴沢橋側道橋。
O坂川鉄道の森平駅 - 奥屋駅間の廃線跡。廃線跡は左へ。完全に廃道になっている。
P坂川鉄道の森平駅 - 奥屋駅間の廃線跡。ここから先再び廃線跡が解る。
Q坂川鉄道の森平駅 - 奥屋駅間の廃線跡。
R坂川鉄道の森平駅 - 奥屋駅間の廃線跡。ここから先舗装路になっている。
S坂川鉄道の森平駅 - 奥屋駅間の廃線跡。
@坂川鉄道の森平駅 - 奥屋駅間の廃線跡。
A坂川鉄道の森平駅 - 奥屋駅間の廃線跡。
B坂川鉄道の森平駅 - 奥屋駅間の廃線跡。ここから再び県道411号線へ。
 C坂川鉄道の奥屋駅跡。奥屋駅(おくやえき)は、かつて岐阜県恵那郡川上村(現・中津川市)に存在した、坂川鉄道の駅(廃駅)である。坂川鉄道の終点は丸野駅だが貨物駅のため、旅客営業としては当駅が終点となる。駅構造は旅客用は1面1線のホームであった。田立森林鉄道と接続しており、木材積込用の側線が4線あり、貯木場も存在していた。
C坂川鉄道の奥屋駅 - (貨)丸野駅間の廃線跡。
D坂川鉄道の奥屋駅 - (貨)丸野駅間の廃線跡。廃線跡は左へ降りる道路の左側。地元の人談。
E坂川鉄道の奥屋駅 - (貨)丸野駅間の廃線跡。雑草が生い茂っている場所が廃線跡。
F坂川鉄道の奥屋駅 - (貨)丸野駅間の廃線跡。この先から再び廃線跡は舗装道路。地元の人談。
G坂川鉄道の奥屋駅 - (貨)丸野駅間の廃線跡。
H坂川鉄道の奥屋駅 - (貨)丸野駅間の廃線跡。
 I坂川鉄道の奥屋駅 - (貨)丸野駅間の廃線跡。川上村には昭和20年まで奥山の国有林材搬出が目的で中央線坂下駅よりこの夕森公園(丸の駅)を終点として延長約10qを蒸気機関車が石炭を焚き黒煙を吐きながら走り、奥屋駅迄までは客車が運転され、当時唯一の交通機関として軽便鉄道を利用していました。その後、このディーゼル機関車と同じ型のものが木材運搬の為に活躍しましたが、道路の整備、交通機関の発達とともに昭和30年に廃止されました。このディーゼル機関車は長野営林局上松運輸営林署で活躍していた機関車。
J坂川鉄道の奥屋駅 - (貨)丸野駅間の廃線跡。夕森公園口バス停。
K坂川鉄道の奥屋駅 - (貨)丸野駅間の廃線跡。
 L丸野駅(まるのえき)は、かつて岐阜県恵那郡川上村(現・中津川市)に存在した、坂川鉄道の貨物駅(廃駅)である。坂川鉄道の終着駅(旅客営業は前駅の奥屋駅まで)であった。駅構造は無人駅であり、坂下森林鉄道と接続していた。当駅跡地は夕森公園となっている。
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