更新日時 2011年06月16日

 南武鉄道宿河原砂利採取線:かつては宿河原駅から多摩川の川原まで砂利採取線が伸びていた。ここ宿河原付近の多摩川で採取した砂利を南武鉄道経由で川崎河岸駅まで運搬し、そこで船に乗せ換えて東京や横浜へ運んでいた。1934年(昭和9年)に砂利の機械掘りが禁止され、砂利採取が行われなくなった後も線路はしばらく残されていたが、現在は撤去され、川崎市道となっている。また、同時期には当駅から登戸駅付近を経て小田急小田原線の向ヶ丘遊園駅まで連絡線が伸びていた。多摩川で採取した砂利を小田急線に運搬するのが目的だったといわれている。連絡線は戦後に廃止されて撤去されたが、連絡線の途中の一部と小田急線の留置線やポイントは1970年代まで残っていた。分岐点跡地には現在も「小田急電鉄所有地」の標識がある。
 @宿河原駅(しゅくがわらえき)は、神奈川県川崎市多摩区宿河原三丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)南武線の駅である。
 @宿河原駅構造は相対式ホーム2面2線の地上駅である。下り(立川方面)ホームの立川方の端に改札口があり、2つのホームは跨線橋で接続されている。業務委託駅(東日本環境アクセス委託)。トイレは1番線ホームに設置されている。エレベーターは跨線橋とホームを結ぶものの他、改札口と1番線ホームを結ぶものがある。上りホームの外側に留置線が2本あり、主に登戸折り返しの列車が使用する。(出入庫は武蔵溝ノ口駅で実施)
@宿河原駅手前で分岐し留置線方向が南武鉄道宿河原砂利採取線跡。
A南武鉄道宿河原砂利採取線跡。跨線橋あたりから分岐していた。
B南武鉄道宿河原砂利採取線跡。多摩川へ向けて右カーブして行く。
C南武鉄道宿河原砂利採取線跡。交差点だが昔は道路が無かった。
D南武鉄道宿河原砂利採取線跡。多摩川へ向けて右カーブして行く。
E南武鉄道宿河原砂利採取線跡。多摩川へ向けて右カーブして行く。
F南武鉄道宿河原砂利採取線跡。多摩川の土手に突き当たる。
F南武鉄道宿河原砂利採取線跡。
G南武鉄道宿河原砂利採取線跡。架線柱の柱跡か?
H南武鉄道宿河原砂利採取線跡。テニスコートの場所で砂利を採取していた。
I小田急小田原線の向ヶ丘遊園駅まで連絡線跡。南部線のこの辺から分岐していた。
J小田急小田原線の向ヶ丘遊園駅まで連絡線跡。マンションが斜めの部分が廃線跡。
K小田急小田原線の向ヶ丘遊園駅まで連絡線跡。
L小田急小田原線の向ヶ丘遊園駅まで連絡線跡。斜めの駐車場が廃線跡。
M小田急小田原線の向ヶ丘遊園駅まで連絡線跡。小田急小田原線とこの辺で合流していた。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
廃線探索 南武鉄道宿河原砂利採取線